◆◇




「脅されていたんですね。
わたしの写真をネタにされて、恋人という形で無理矢理手込めにされていた。
そんなことも知らずに、わたし、貴方がもう吹っ切れて別の人と付き合っているものだと思い込んでいました」


 先刻彼に連れられて入った其処は、半年程前に目の前の彼女から突然の告白を受けた部屋でもあった。
 当時は、既に始まっていた隠し撮り写真が譜面のファイルに大量に挟まっているというストーカー被害に近い案件を彼に相談したばかりでもあったので、それなりに警戒を抱きながらも、人の通らない廊下の最奥にあるその部屋を、彼女の後に続いて入っていったのだった。
 その時は気付かなかったけれど、先程婚約者と共に探りに入った時、小さな小さな丸窓を開いた先にあるのが、自身がいつも使っている練習室の一つであることを知った。
 それは、彼女の思いが、告げられたあの時より何一つ変わっていないのだということをわたしに報せるには十分過ぎる程であった。



 手に持つ携帯には確かにわたしの写真が入っていた。
 当時あれほど脅威に思えた数十枚と重なっている隠し撮り写真を写した画面は、ロックすらかけられていないフォルダからあっさりと出てきたのだ。恐らく脅迫用に手軽に使用されていたもので、一枚消去した所で何の意味も持たないのだろう。
 それを分かっていたからこそ、彼女の目的は男自身に向けられた。男を消して、自身を消してそして、わたしをも。


「あの時のこと、後悔しています。
だからこそこのまま終わりたくはなかった」

「貴方が後悔することなんて、何も、」

「いいえ……いいえ。
聞いて、くださいますか」


 じ、と見つめた先にある瞳は、あの時と同様に渦巻く不安で揺れていた。
 小さく縦に一つ首が動いたのを確認して、静かに思考を遡る。



 あの時、想いを告げられ、部屋の外から物音がした時に、確かにわたしは恐れを抱いたのだ。
 大量の写真から読み取れたものは異常な執着に他ならず、その最中に人目の付かない場所に呼ばれ、しかし他にも人がいる。共犯者、という言葉が頭を過った。
 けれど、恐怖は彼女にも伝染していた。
 わたしの反応も、外に人がいたことも、彼女からすれば全てが最悪の事態であったのだろう。謝罪と共に忘れてください、とだけ残して彼女は走り去っていった。
 暫くして、隠し撮りの犯人は彼女であると婚約者から告げられ、話はもう着けてあるから心配はいらないと重ねられた。
 何を話したのかは結局最後まで教えてはくれなかった。ただ、それ以降ぱったりと、写真は止み、彼女の姿を見ることもなくなった。



 返事を出来なかったことだけが心残りとなっていた。
 彼は『外』に対して容赦がない。何かを脅かす可能性のある者に対しては特に。
 だから彼女とはこれっきりだ。分かってはいても、自身に音楽を愛する心を教えてくれた人の言葉が頭を過った。


『綺麗な音を紡ぎたければ綺麗な心を育てなさい』


 彼の人の言った言葉にどれだけの意味があるのかは分からない。ただ、彼女の奏でる音色は、とても美しかった。
 暫くして彼女がこの大学のOBと付き合い始めたという噂が流れた時に、わたしは彼女の言葉通り、彼女が絞り出した想いの丈を、すっかり忘れてしまうことに決めたのだった。





prevnext

BACK
ALICE+