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 亡くなられたのはこの流派の現家元の姪、御村からすれば従姉妹に当たり、同じく家元候補の一人とされていた女性であった。名は御村 夭(みむら よう)、享年18歳。腹に華鋏が突き刺さった状態で発見されたそうだ。
 そこまで聞いて、例に漏れず顔を青ざめた御村が死体が安置されたままの部屋に踏み入る。否、踏み入ろうとした。


「入らないで!!」


 女性にしては幾分低めの凛とした声が常は決して出すことのない大きさで響く。
 それだけでその場にいる人は皆一様に千冬さんを見た。踏み出した足を咄嗟に静止した御村鷹也も、だ。


「大きな声を上げてしまい申し訳ございません。ですが鷹也さん、いえ他の方々も、警察の方がお着きになる迄の間、誰一人として現場に足を踏み入れることの無きように。
他事ながらどうぞご容赦願います」


 他事。他事ではないのだろう、 彼女にとっては。深々と頭を下げる姿を見ればそれがどれほどに切実であるかが良く理解できた。
 "警察官の邪魔をしない"ことが彼女の中では第一義であるに違いなかった。きっと、今もまだ。
 訝し気な顔で千冬さんを見遣ったのは一部の人間だけで、この場に置いて深く事情を知る者は彼女の言葉に大人しく同意を示した。
 だからこそ、その一部の人間に該当した少女が顰めた顔を隠そうともせずに噛み付いたのは、ある種当然と言えるかもしれない。


「そんなの、あんたが犯人だから現場を見られたくないってだけじゃないの!?
夭を殺したかもしれない人の言葉なんて聞けるわけないじゃない!」


 御村 依世(みむら いよ)。被害者の双子の妹であり彼女も家元候補の一人として含まれてはいるようだが、こういった場に顔を出すことは少ないのだろう、あまりこの場に馴染みがあるようには見えない。服装も一人だけ制服のままである。


「落ち着いて、依世」


 ほとんど癇癪玉のような彼女を宥める為に近寄った女性は灰鼠色の小紋に身を包んでいた。花盛りの娘が身に付けるには些か地味な着物に思えるが、控え目に制服の裾を引いて眉をハの字に落とす女性は外面だけで言えばとても明るい色味を好むようには見えなかった。恐らくこれが彼女の好みなのだろう。
 安藤 里穂(あんどう りほ)。名字こそ違うものの鷹也と同じく被害者の従姉妹であり、彼女も又、家元候補として数えられる一人である。


「落ち着けるわけないでしょ、この場にわたしの片割れを殺した奴がいる筈なのよ!」

「だからって、騒いでも何の解決にもならないのは分かっているだろうに、篠宮師範に当たるのは止したらどうだ」


 先程まであれほど熱を帯びていた彼の人の声色は酷く冷えきっている。冷たい物言いの鷹也をギッと射殺さんばかりに睨む依世を見るに、この二人の仲が決して良好とは言えないことが窺い知れた。


「うるさい! あんたがいなきゃ夭が『鷹(ヨウ)』だった筈なのに! この中で一番夭を殺す動機があるのはあんたなんだから!」

「その線で言うなら君だって動機は同じだと思うけどね、泡沫候補」

「っんですって?!」


 「篠宮師範……?」と少年が小声で呟いたのが耳に入った。相変わらず耳聡いことだ。
今この場でその疑問は大した役には立たないだろうけれど、勿論音にして伝えたりなどはしない。


「ヨウがヨウだった、ってどういう意味なのかしら?」


 こそこそと蘭さんにそう話す園子ちゃんの声はしかし自身が思っている程小さくはないといい加減彼女は知るべきだと思う。
 彼女の言葉にグッと唇を噛み締めた依世、ほんの僅かに目を伏せた鷹也、表情まで暗く落とした里穂。三者三様の反応を示した彼らに代わって、千冬さんがこの流派──鷹花流(おうかりゅう)の説明を口にされた。





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