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「鷹花流の祖は元々、鷹匠の子だったのです。
幼き頃より鷹狩に出る父に伴う日々の中で、祖が強く興味を示したのは鷹でも狩猟でもなく、野端に咲く色とりどりの花であったそうで。
とはいえ鷹を愛する心を失ったわけではなかったのでしょう、流派名に冠してある通り、鷹花流は『鷹』と縁深い所がありまして。
元々縁起物でもあることから、代々家元は歴史的に名鷹と呼ばれる鷹の名を戴くことになるのです。先達って、次期家元には『二代目 磐手(いわて)』の名を襲名してもらうと、現家元が仰ったように」


 千冬さんが言い終わるかどうかの内に依世が噛み締めていた唇を開き再度、鋭く鷹也を睨め付けた。


「夭が産まれる時、本当はお祖父様から『鷹』の名を貰える筈だったのよ。きっと次期家元に相応しい子が産まれるだろうと期待されて。
お祖父様は男の子を欲していた。両親も男の子だろうと信じて疑っていなかった。
でも、産まれたのは双子の女児だった。
そうしてわたし達が産まれた数日後に、当時の次期家元の妻が、産まれた男児に勝手に鷹の名を付けたのだという噂が母の耳に入ったわ。
母は酷く落胆した。それでも夭は努力したけど、才能のないわたしは何も期待されなくなった。
お華の道も、別に続けても続けなくてもどちらでも良い、好きにしなさいって言われたわ。
現家元が夭を次期家元候補として扱う時に、同情からおこぼれとしてわたしも候補に入れてもらっただけ。
でも、夭は違う。夭は本当に才能があったの。
現家元の息子ってだけでちやほやされていたあんたとは違ってね。あんたが『鷹』を奪わなきゃ夭が今頃……だから夭を殺したんでしょ? 夭が邪魔だったんでしょう!!」


 悲しみや、やるせなさや怒りといった負の感情を、全て目の前の男にぶつけているかのようだった。その場にいる人達が彼女に同情の視線を向ける中、ぶつけられている本人だけは眉ひとつ動かさず御村依世を見つめていた。
 ふと、この人が実は酷く傷付いているのではないかという考えが浮かぶ。表情はむしろ凪いでいる為、何の根拠も無いことだ。
 それでも、自分はこの顔を知っている、と思った。記憶の彼方に薄れてはいるけれど。


「邪魔だった、夭が?
夭が俺の邪魔をしたことなんて一度もない。
お前が言うように誰かや何かの為に努力をしていたことだってない。
勝手に捻くれて勝手にこの道から逃げたお前には分からないことだろうけれどね。
俺から言わせれば、夭の陰に隠れて夭の名声だけを頼りに生きてきたお前が、普段は顔を出さない花展に当然のように現れていることの方が気に掛かるな。
次期家元の話が出てすぐの花展だ……理由なんて言うまでもないか」


 押し黙ったまま憎しみを滾らせる彼女はきっと、図星を突かれた部分もあるのだろう。両者が引く様子が無いのを見て、怖々と依世の視界を遮るように前に進み出たもう一人の候補者が子供に言い聞かせるような口調で仲裁に入る。


「ね、ほら依世、警察の方も来られたみたいだし、この話は一旦終わりにしよう?」

「……里穂、子供扱いは止してよ。
年だってそんなに変わらないのに」


 そう言いながらも視線を外した依世に、何故だろう、とても違和感を感じたのは。
 パトカーのサイレンの音が近付くのを耳にしながら、漠然とした違和感の正体を探っていた。





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