◆◇ 六
「それでは、貴方は一度被害者の部屋に立ち入ったきり現場には近寄っておらず、わざわざ来た花展の作品に目を向けることもなく、ずっと部屋に一人で籠っていたと?」
「……そうよ」
「そのアリバイを証明できる人は?」
「いないわ。でも! 双子の姉妹を殺すなんて、あり得ないでしょう?!」
「残念ながら、愛憎は何かの拍子に裏返るものだと、長くこの仕事をしている身としては答えざるを得ませんな」
「そんなっ」
不満を隠さずに表す御村依世を慣れた様子で流すと、トレードマークの茶色い帽子を被った恰幅の良い男──目暮警部は次に、安藤里穂への事情聴取を始めた。既に現場にいるのが当たり前となっている俺と蘭と園子は形だけのあっさりしたもので終わったが。
「貴方は被害者の部屋に足を踏み入れたことは?」
「あ、あります、切り花の水揚げの用意を頼まれたので持っていきました。でも、それっきりです……」
「では、死亡推定時刻の午後二時頃は何を?」
「きょ、今日の花展に出展されていた方々とおお話を」
つまり不特定多数と一緒にいたということで、アリバイは証明されるわけだ。
それにしてはおどおどと忙しなく視線をさ迷わせて吃る様子に、目暮警部が苦笑を浮かべて声を掛ける。
「そんなに緊張しなくとも、我々も罪のない人を無理矢理連行するようなことは致しませんので」
「い、いえ違うんです。
その、わたし実は、男性恐怖症でして……」
成る程、道理で先程の言い争いの時、依世にしか声を掛けなかったわけだ。
あれは依世の視界を塞いで御村鷹也を見せないようにしたというより、自身も鷹也を見ずに済ませたかったのだろう。
近い距離で説得する為の苦肉の策といった所だろうか。ただでさえ根暗そうな顔がより鬱蒼とした雰囲気を放っているのを見て納得する。
ちらり、隠れて篠宮千歳を目で追うのは忘れずに。
「それでは次は貴方です」
次いで声を掛けられたのは御村鷹也。
そして恐らく、目暮警部が最も疑っているのも彼だろう。 仮にこれが鷹花流の跡継ぎ騒動であったとして、事情聴取の結果、次期家元に一番近いと言われているのがこの男なのだ。
最も邪魔な存在である彼ではなく、殺されたのが被害者の御村夭であるということが彼の疑いに拍車を掛けていた。
「貴方は被害者の部屋に立ち入られましたかな?」
「いいえ、俺はここに来てからずっと千歳さんと一緒にいましたから。
途中、お茶を淹れに来てくださったご婦人がずっと部屋の側にいらっしゃったのでお話を伺っていただければ証明出来るかと」
「フム……では、午後二時前後もずっと、その部屋の中にいたと?」
少し言い淀んだ後、
「いいえ」と答えた彼に警部の目が細まったのが見えた。
「一度、お手洗いの為に退出しました。
戻ってきた時には千歳さんはご婦人と何やらお話をされていたので、彼女のアリバイは証明されると思います」
「それは本当ですか? 篠宮さん」
「ええ。彼が退出されてすぐ部屋に入ってきて、何の話をしていたのかと色々聞かれていました。その、恐らくは男女の仲を勘繰られたのかと」
「そうですか。──それで、貴方が本当にお手洗いに行っていたと証明出来る人物は?」
その質問が来ることを頭から理解していたのであろう、冷静すぎる程冷静な顔で否定の言葉を述べた彼に、その場が水を打ったように静まり返った。
「篠宮さん、彼が部屋を出てから戻るまでに掛かった所要時間は?」
「十分前後です……其処からお手洗いまでは少し、遠いので」
固い顔で呟くように篠宮が述べた。
しかし、部屋の位置は現場からは、それほど離れてはいない。
目暮警部が他の刑事とアイコンタクトを交わし一度深く頷くと、キリリと引き締まった顔で御村鷹也に近付いた。
「それでは、詳しい話は署でお聞かせ願います。貴方と、御村依世さんと」
「なっ、んでわたしもっ」
「一度事情をお伺いしたいだけです、疑いが晴れればお帰りいただけますので」
「そんなの当たり前でしょう?!
そもそも、犯人はこの男に決まっているんだから!」
「ほう、何故彼が犯人だと思われるのですかな?」
グッと歯を噛み締めた後、説明することすら屈辱でならないといった表情で依世が口を開いた。
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