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 彼方此方と移動している間に一つ気付いたことがある。そういえば、こういった複合娯楽施設、所謂遊園地と呼ばれる場所に来たのはこれが初めてではないだろうか。
 父は極めて忙しい人であった。
 公務員、それも警察官として世の為人の為に日々を過ごしている背中を見ていたから、遊園地に行ってみたいなどという願望が頭をもたげたことはなかった。
 それは婚約者である彼とも同様であり、むしろ父よりも現場で忙しなく働いているように思える彼をそこまで付き合わせるなど到底出来る筈もなく。そうでなくても、名ばかりの婚約者であるのに。
 そこまで考えて、喉を過ぎる苦々しさにじっと堪えてから、思いを馳せる。

 後妻である千冬さんにそういったことを求めたこともない。
 家族とも、あまつさえ彼とも行ったことがないような場所に何故、今日初めて対面したような男性とデートのようにして歩いているのだろうか。
 その実情がただの腹の探り合いであったとしても、言い様のない罪悪感が募るのを止められそうになかった。


「──さん、千歳さん?」

「、え。あ、はい何でしょう?」

「先程まであれほど気を張っておられたのに。
慣れないことで疲れましたか? My dear」


 慣れないこと。何に対して慣れないことと評しているのか、此方のことなど全て読めているといった態度に悔しさが胸中に広がり、煽られていると分かっているのについつい噛み付いてしまう。


「それ、やめていただけます?」

「お気に召しませんか?
貴方があまりアメリカンなものは好まないと仰ったものですから」

「気品がどうとかスラングがどうとかはこの際問いませんけれど、terms of endearmentは日本ではあまり馴染みがないものだという認識を持っていただければそれで結構です」

「それは残念。
貴方の婚約者はあまりそういったことは仰らないようで」

「ええ、そうですね、彼は日本人ですから」

「ホー、そうでしたか」

「そういう貴方は、随分と英語圏の文化に精通していらっしゃるようで。
日本の理工学部院生がそんなに熱心に英語をお勉強なさる必要があるとは思えませんが?」

「以前に留学経験がありまして」

「あら、一体何を学ばれたのでしょう?」

「興味がありますか?」

「そうですね、こんなつまらないごっこ遊びよりは」

「あ、あー! こんなところにいたんだ昴さんと千歳おねーさんもう探したよー!」


 少々上擦った幼い声が間に入る。
 来るならもう少し早く来てほしいなどと思いながらもその少年に目を向けると、……随分と可愛らしいものが頭に付いていた。
 視線の先に気付いた少年が至極気まずそうにモゴモゴと言い訳する姿がよっぽど愛らしくて、毒気を抜かれたとでも言えばいいのだろうか。
 気が付けばピョコンと熊の耳が主張しているその黒髪をよしよしと撫でてしまっていた。
 途端に染まった耳は真っ赤だ。


「っ千歳お姉さん!!」

「ごめんなさい、可愛くて」

「これは、歩美ちゃん達に無理矢理……!」

「貴方達が楽しんでくれているなら多少は此処に来た意味もあると思えるわ」

「いや、だから僕は、」

「あ、ねえ見て、あそこお土産屋さんみたい。
行ってみましょう?」


 「この人話聞かないな……!!」という小さな声を後ろにさくさくと足を進める。
 元々無理矢理進められた流れである、そちらがその気ならば此方側にも多少の勝手は許されるだろうと思うのは些か強引な解釈だろうか。
 しかし、本来の目的を忘れられるのは彼らだって本意ではないだろうし。

 目前にあるファンシーな建物のドアを潜れば頭上でベルの音が響く。
 それが数度鳴り響き、店員の女性が間を開けて二度、接客の声を上げたのを耳に入れてから、奥にある一際大きな棚へと足を進める。
 如何にも興味無さげな足取りで後ろを着いてきていた少年の足がピタリ、と止まった。


「くまの、ぬいぐるみ?」


 怪訝そうな幼い声を耳にしながら思う。
 さて、今回の事件は、一体何処に着地するのだろうか、と。





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