◆◇




「分かっていたのですか」

「何がです?」

「此処に、くまのぬいぐるみが売っていると、分かっていて土産屋に足を運ばれたのですか」


 彼の言葉はクエスチョンになっていなかった。
 あくまで確認しているに過ぎないとでも言いたげなその口振りに、振り返って顔を確認する。
 眼鏡の奥の瞳は相変わらず閉じられたままで、何を考えているのかまるで読めない。


「いいえ?
コナンくんの付けていた耳カチューシャがよく似たデザインだったので、それらしきものは売っているかもしれないとは思いましたが」

「そうですか」

「ええ」


 無意味な問答だ、と思った。
 彼はわたしの言葉を信用していない。
 そうしてわたしも又、全ての情報を明け渡す程に彼を信用してはいなかった。
 腹の探り合いは繰り返す分だけ不信感が募る。
 わたし達はお互いに確認し合っているに過ぎないのかもしれない、
という事実を。


「お姉さん!」


 殺伐とした空気を割いたのは今此処にいる要因とも言える少女であった。
 明るい表情でパタパタと走り寄ってくる姿に此方の口許も綻ぶ。


「歩美ちゃん、そんなに走ったら危ないわ」

「だって、お姉さんずーっと昴さんと一緒でつまらないんだもん!
昴さんばっかりずるい、歩美もお姉さんと一緒に回りたいな」

「本当? 嬉しい、わたしもだよ」


 出来ればもうこの人とは回りたくない、という空気をある一方に向けて滲ませながらも、小さな頭を撫でる。
 この子と回れるのであれば心の平穏も随分保たれるというのに。
 間違っても恋人のように手を引く素振りで此方の自由を奪ってくる男などとは、比べ物にならないくらいの癒しがある。


「其方、」

「はい?」

「其方が、利き手なんですね」

「あら、分かっていらっしゃるとばかり思っておりましたが」

「何故かお聞きしても?」

「沖矢さんは色んなことに良く気が付くお方ですから」


 にっこりと称賛するように告げた言葉は勿論、嫌味だ。
 気付いていながら利き手を封じていた癖に何を、という非難を存分に込めたつもりでいる。効いているとは全く思わないけれど。
 そもそもわたしは別に利き手を隠しているつもりはない。右腕に腕時計を付けているのだから誰だって分かることだろう。
 ただ、人前では出来るだけ右手を使うようにしているだけだ。元々は躾の一環であった為に、特に不自由に感じてもいなかった。
 ピアノを弾く上でも両利きであることはむしろ長所と成り得たし、彼にとっては理解不能であっても、それがわたしの普通なのだから。

 だから、そんな事に疑いを乗せられるのは至極不名誉なことだ。


「全く、良く似た顔をする」

「え?」


 上手く聞き取れずに聞き返したけれど、結局男は不審に笑みを深めるばかりで、二度目を教えてくれるつもりはないようであった。





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