◆◇ 六
不可思議なことは沢山ある。
それでも突っ込めなかったのは、彼女に対する赤井さんの反応を目にした為だ。
人気の少ないベンチで、離れた距離にいる彼女達──どうやら今は絶叫系のアトラクションに並んでいるらしい──を遠目に見ながら、変装中の彼に話し掛けた。
「赤井さん……面白がってない?」
「面白いさ。彼女はとても器用に微笑みながらも全力の警戒を表してくる。
まるで懐かない猫を相手にしているみたいだ」
そんなに可愛らしいものだっただろうかと思うが、赤井さんがそう言うのであれば、それ程に害はないということなのだろう。
そう思い、渋々引き下がっているのが現状である。今の所は、だが。
「猫と遊ぶのは良いけど、僕としては猫が背に隠しているものを取って来てほしいかな。
それに、あんまり構うと引っ掻かれちゃうよ」
もしかしたら、猫だと思っていたものが虎だった、何てこともあるかもしれないしね。
そう忠告すると、自身を狼と称するその人は「肝に銘じておこう」などと言って笑みを深めた。肝に銘じた方が良さそうなのはむしろ彼女の方ではないかと正直、同情を禁じ得ない。
「それで、例の男の居場所は掴めたのか?」
「いや、それが全く見当たらないんだよね。
少年探偵団が自由に動き回るとはいえ、そんなに広くもない敷地なのに。
それに、あの熊のぬいぐるみのことも」
「気に掛かることは多そうだな、ボウヤ」
「そうだね、赤井さんは猫を構うのに忙しそうで、此方を手伝ってはくれなさそうだしね」
彼女の立ち位置が曖昧である以上、無闇に灰原に近付けるのは得策ではないとの理由からだとは、重々承知の上ではあるが。
斯く言う灰原はトイレに逃げ込んだようだ。
赤井さんとしては、目前に見える位置にあるし、さすがにそこまで付いていくのは控えたらしい。そりゃそうだ、今のご時世なら一発アウトと言って差し支えない。
そもそも本当に用を足したいわけではなく、今歩美ちゃんの視界に入れば間違いなく一緒にと呼ばれてしまうからだろう。
彼女に近寄らない灰原のことを人見知りしているのだとでも思っていそうだ。
彼女の子供達への心象は概ね通常を大きく上回って良いのだから、当然といえば当然なのかもしれないが。
「何か、危険な目に遭いそうになったら呼んでくれ」
「呼ぶも何も、その為に僕に盗聴器を取り付けた癖に」
じとりとした眼差しを向けると、
「君にも此方の会話が聞こえるのだからフェアだろう」などと涼しい顔で言われてしまった。
俺としてはその通りだし別に良いのだが、多分、そういう所が彼女と折り合いの付かない理由の一つだろうなとは思う。
「取り付けたといえば、例の男の行き先を特定したことについて濁した時、彼女完全に怪しんでいたぞ。
もう少し上手く誤魔化せなかったのか」
「あはは、咄嗟でつい焦っちゃって……。
まさか発信機を取り付けていたなんて言えないしね。しかもその発信機は結局、園内に入ってすぐのゴミ箱の中で見つかっちゃったし。
もう少し早く解決すると思ったのに、こんな事なら紙袋になんて付けずに服の裾にでも付ければ良かったよ」
「──それなんだが」
真剣な顔で赤井さんが告げた内容は、俺が怪しんでいたこととほぼ同じだった。
幾らぬいぐるみが入っていた紙袋が使い古しの物であったとしても、これから園内を回るのであれば袋に入れたままの方が持ち運びは楽だ。
また、プレゼント用に包装し直すだけの余裕があるならば園内で新しく買い直した方がずっと早い。此処で売られている物と『全く同じ』くまのぬいぐるみなのだから。
そしてその事に気付いたならば、他人から奪った曰く付きのぬいぐるみなど、紙袋ごと捨てている筈なのだ。
それなのにゴミ箱に捨てられていたのは紙袋だけだった。
「今回の件、どうやら簡単に片が付きそうにはないな」
「そうみたいだね。此方は此方で捜索を続けておくけど、そっちでも、不審に思われない程度に探しておいてくれると助かるよ。
くれぐれも、あんまり吹っ掛けすぎないようにしてね、″昴さん″」
言った所であまり意味のない注意を一応にも告げると、それはもう、彼女が警戒するのも無理はないと言えてしまう逆光で眼鏡を光らせた彼が、愉しげに声を乗せた。
「ああ、勿論だよ、″コナンくん″」
…………全くもって説得力がない。
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