◆◇




 ──油断した。
 口をもごつかせた所で舌を打ち鳴らすことすら出来ない現状に焦りばかりが込上げてくる。
熊耳を模したカチューシャは取られてすぐそこらに投げ棄てられたが、異変を彼へと伝えるのには十分役割を担ってくれたことだろう。


 そう待たない間に彼は此処に来る、筈だ。


 だから後は時間を稼ぐ他ないのだが、早々に口を塞がれてしまった為、状況は著しく良くない。壁際に追いつめられたネズミのようだ──最も此処のマスコット・キャラクターは熊を模したもので間違いないようだけれど。
 ズガァンッ!!下らないことを考えていた頭の横をスレスレに酷い音を鳴らしながら鉛が弾け飛ぶ。
 成程、子供に対する容赦などは一切無いようだ。如何にも子供を喜ばす為だと言わんばかりのファンシーな服装を着込んでいながら随分な対応である。残忍な笑みと熊耳付きの帽子とがあまりにミスマッチでいっそ笑ってしまいそうだ。

 頬には冷や汗が垂れ落ちるばかりで、口角など微塵も上がってはくれないのが実情である。


 焦りが一周回って現実逃避に変わり始めた頃、二発目を構えたモーションによって強制的に猛スピードで頭が回転させられていた時だった。
 予想していたより三分程早く、彼らが現れたのは。


「ここだよ、"お母さん"が、お父さんとお母さんを連れて来てくれる場所」


 不自然な日本語を少女が言い終わるかどうかの間、銃を構えて振り返った男に足払いを決め流れるような動作で横に立つ女に手刀を落とし、拳銃を取り落とさせた昴さんと、唖然としたまま棒立ちになっている篠宮千歳とによってこの場の難を逃れるに至ったのだが、どう考えても来たるもう一難からは逃れられそうになかった。特に、昴さんへの警戒レベルをマックス引き上げましたと言わんばかりの顔で此方を見ている、篠宮さんの追求からは。


「無事ですか?コナンくん」


 アンタの心証よりはな、と思ったが彼は本当に助けに来てくれただけなので、それを音にする事はせず──というかそもそも口が塞がれたままだったのだが──こくり、一つ頷くことで無事を肯定して見せた。
 ホッとしている彼には悪いがドン引きしている彼女の様子を鑑みれば助かったとは一概に言えない気がしている。
 素人目から見ても、拳銃を持った成人二名を素手で二秒と掛からず戦闘不能にするのは異常でしかない。それが不審に思っている相手ならば尚更だということは、最早言葉にするまでもなかった。
 早々に二度目の現実逃避とコンニチハすることに決めて何事も無かったかのように、口元に貼られたガムテープを丁寧に剥がしてくれている篠宮さんに「ねえねえあの女の子誰?」と問うてみたが、「そんなことよりコナンくん私達に何か言うことあるよね?」とやや食い気味に返されてしまった。


「えっと、助けに来てくれてありがとう?」

「それもそうだけど、一人で危ないことしちゃ駄目でしょう?
何も言わずに何処かに行っちゃったから、歩美ちゃん達心配してたよ」


 驚いた。この人の表情を見て、……この人がまともに自身を庇護の対象に入れてくれていたことに。
 正直、若干なりとも距離を取られているような気がしていた為、不信感より先に心配が付いて回るとは思ってもいなかった。いくら子供に甘い所があるとはいえ。
 戸惑いはあるものの、この人の挙動は既にしっかり把握済みだったので、その善意を今回ばかりは利用させていただくとしよう。


「ご、ごめんなさぁい。
そこにいるお兄さんが、歩美ちゃんのぬいぐるみを持っていった人に似てるなと思ったんだけど、最初に見た時は普通の服だったのに、さっき見かけた時はそこのお姉さんと一緒に係の人みたいな格好をしてたから、変だと思って後を追い掛けたんだ。そしたら追い掛けてる途中で捕まっちゃって。
あれれ?でも、千歳お姉さんもあのお兄さんとお姉さんのこと、何だか気にして見てたよね?
千歳お姉さんはぬいぐるみを持っていったお兄さんの顔は見てないし、お兄さん達は普通に見たらこの遊園地の係の人と同じで特に可笑しな所はないように見えたのに、何で?」


 ──その時になって、穏やかさと希薄さの間を揺蕩うような微笑みが凍り付いたのをこの瞬間まで見たことがなかったと、漸く初めて気付くに至ったのだ。





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