これの続き


あれからほぼ毎日のようにリヴァイからメールが来るようになった。あの滅多に自分からメールしてくることは無いあのリヴァイからだ。つい先日は彼からのメールを告げる音に驚きなにか緊急の用事だろうか、この前無理やり私の旅行について来てくれたので出来る限りの事はしようと思い急いで画面を開くと「何してる」の一言だけ。たまたま仕事の休憩中だったので「お昼休みだよ。ご飯美味しい」の文と共に目の前に広がる菓子パンの写真を送ってやった。返事はない。何故だ。



***



「そう言えばなまえさんこの前旅行行って来たんですよね?どうでした?」

「温泉行って来たんだよ。鈍行でゆっくり行ったんだけどなかなか楽しかった。」

「前行きたいって行ってた温泉ですか?あれって鈍行で行くと結構かかりません?」

「そうそこ。結構かかったけど、一人で行ったわけじゃないからあっという間に着いちゃったよ!」

「彼氏さんですか?」


カタカタとキーボードを打つ音が私の頭の中を占めていたリヴァイの件をキレイに忘れていた時だった。隣の席に座っていた後輩のアルミンが手を止めてこちらに体ごと向いて話しかけて来た。
この会話で先日行った旅行とそれと共にあの耳まで赤くさせた彼の姿を思い出してしまい私まで顔が赤くなっているのではないかと思うほど体が熱くなる。何故ここまで意識してしまうのかずっと考えているが、多分今まで私の中のリヴァイはクールで何をしても様になりどんなことがあってもポーカーフェイスを突き通すイカした男だと思い込んでいた節があり彼のあんな表情を見たのは初めてだった。だから、だからきっと私はそんなリヴァイの初めて見たその表情にドキッとしたに違いない。私の心情なんて露知らず、アルミンは私に手榴弾を投げて寄越したのだ。


「彼氏だったらよかったのにな、とは思うけど親友だよ。」

「なまえさん彼氏いましたよね?」

「とっくの昔に振られたよ。」

「え?嘘ですよね?」

「嘘ついて何か得られるものがあるなら今頃嘘の塊に成り果ててるよ。」


一瞬、やっちまったな。とアルミンの顔が引き攣るのを私は見逃さなかった。そうだろう、まさか別れているとは思わなかったろう。アルミンにも5年付き合ってる彼氏はいると以前伝えていたから私同様これはもうゴールインだろうと思っていたんだと思う。「信じられない、」小さくそう呟くかれ私の心がまた少し折れた。


「でもなまえさんって凄く良い人だからすぐに新しい人見つけられますよ」

「もう人を信用するのが怖い…」


リヴァイと一緒に旅行に行って回復した筈だったのだが気付いたらまたしてもぶり返してしまって机に突っ伏す。不意に視線を上げるとペン立てに刺さるキャラクターが乗っかっているペンが目に付いた。なんて事はない、元彼からのテーマパークのお土産だ。別れてから随分経つのに私はまだこのペンを捨てられずずっと私のデスクに飾りのように鎮座しているのだ。いい加減捨てればいいのにどうしても捨てられない自分がいて、まだ元彼の事が好きなのだと連絡先も消せていないスマホの事を思い出しため息をついた。



***


なんてこった、パンナコッタ。
定時に会社を出て帰ったら何しようかな、明日はイレギュラーで会社全体がお休みだし、夜更かしでもして楽しもう。そうしよう。と家の近くのレンタルビデオ店に入った時だった。
それはもう幸せオーラ撒き散らした元彼が今カノだろう子と歩いていた。どうして彼はこんなところにいるのだろうか、そうだ彼の家は私の家の最寄りの駅の次の駅だったのを忘れていた。必然的に出会ってしまう事だってある。そう。私は本当に振られてしまったんだ。

ようやく実感してしまった。

その場を後にしてフラフラと何の気なしにただ歩いていた。
すれ違う人たちは私の顔を見てギョッと目を見開き何も見ていませんと言うように顔を背ける。頬を伝う何かの感触に自分が泣いていたのを知らされるが涙は止めどなく流れて地面に落ちる。すごく好きだったのに、なんで。私の何が悪かったのだろう。苦手な事も全部やって来たのに、それでも努力が足りなかったのか。答えが出ないまま顔もぐちゃぐちゃの状態で帰宅をするとマンションの共同玄関に人影が一つ。


「…リヴァイ」

「みっともねえ顔してんだな。」

「涙、止まんなくて…と言うかなんでここに…」

「アルミンから連絡が来た。お前の地雷を踏んでから様子がおかしいと。」

「別におかしくは、」

「号泣していておかしくないとは変な話だな。」


煩いよ。鍵を回して自動ドアをくぐるとその後ろをリヴァイがついて入ってきた。


「どうしたの?」

「今何時だと思ってやがる。ここから家に帰るとなると乗り換えする電車の終電こえんだぞ。」

「勝手に来たくせにー」

「いつもの仕返しだ。」

「いつもありがとう」


常に忙しそうに動き回るリヴァイが私のマンションにアポ無しで来るなんて初めての事だ。と言うか、私のマンション知ってた事に驚いている。
頭の中がぐるぐるの私をよそにリヴァイは手に持っていたビニール袋をガサリと音を立てて早く部屋に上げろと訴えてきた。自然と腕時計を見ると先程リヴァイが言ったように終電も無い時間になっていた。私は一体何時間この辺を彷徨っていたのだろうか、記憶が全くない。

鍵を開けてノブを回して部屋にリヴァイを招き入れる。
リビングに足を踏み入れた途端に眉間にシワが寄る彼を見て、しまった。今朝ゴミを出し忘れた事を瞬時に思い出して手で目を覆った。


「ちがう、ごめん。余裕なかっただけだから!普段はちゃんと出してるの、本当ごめん」

「……てめぇは、」

「ど、どうしたの?」

「なまえ、お前は元彼からとの思い出も残しておくタイプなんだな。」

「え?あ、これ?これね、捨てたいんだけど勇気が出なくて…」


リビングボードのアクセサリーコースターに光る一対のピアスをリヴァイが手にする。
初めてプレゼントされたのがこのピアスで、貰ったのが嬉しくてリヴァイに見せびらかした記憶が脳裏をよぎった。


「振られるその日まで毎日付けてたから愛着が凄くてさ、捨てるに捨てられず…って感じなんだよねって何してるのーー!!!!」


今愛着あって捨てれないって言ったばかりなのにも関わらず彼はゴミ箱目掛けて振りかぶり小気味の良い音を立てホールインワンしてしまったのだ。


「た、たしかに捨てようとは思ってたけどせめて覚悟を決めてからすてた、か、…え、リヴァイ?」


つい先程までとの視界と全く違うこの状況に頭がついて行かなくて何が起きたのか分からない。
リヴァイの顔が近い、その顔越しに天井が見える。
天井が見えるという事は私は寝転んでいる?なんで?
リヴァイの顔が近い?なんで?え、



「なななななんでどうしたのリヴァイ!あしっ、足滑らせたの????」

「ここまですれば流石に分かるだろ。」

「なんのことでしょう!」

「気付いてるだろ。ずっと前から。」

「し、知らない!何も知らない!」

「てめぇは昔から知らん振りするのだけは得意だな。」

「そんなことないよ!だから早くどいて…」


押し倒されたと気付いた時には既に起き上がれないように彼の手が私の肩を掴んで離してくれない。
せめてもの抵抗で体を力一杯押してみるがリヴァイが男の人というのを痛感させられてしまう。そう、ビクともしないのだ。どうして。
違う、分かってた。大学生の頃あたりから気付いていた。
リヴァイは私の事を優先してくれる、私にだけ笑いかけてくれる、私の様子がおかしいと1番に気付いてくれる、私に彼氏が出来たと知ると泣きそうな顔で喜んでくれた。
そんなリヴァイを見てきて気付かない訳がない。気付かない訳がないのに気付かない振りをずっとしていた。ただ怖かった、幻滅されてこの心地よい関係が壊れてリヴァイが二度と私に笑いかけてくれないかもしれない、そんなの耐えられない。だけどこれは私のエゴ。エゴなのだ。


「なんで、なんで私なの…」


リヴァイなら絶対私以上に良い人が居るはずなのに。
こんな女なんか、リヴァイの恋人となって隣に立つ資格なんて


「好きに理由なんてあるかよ。」


ちゃんと見えていた筈のリヴァイの顔が揺らぎ、自分の想いがハッキリとここで分かってしまいもう何も見たくなくて両手で顔を覆う。消えてしまいたい。だって、こんな。
まるで好きだと言われたから私も好きです。と言っているような気がして今更私が彼を好きだなんて言える訳ないのに。


「なんでぇ…、わ、わだじッ、…っぐる、じいのぉ!」

「…手ぇどけろよ」

「やだあ!ブス割増じて゛、る゛ぅ!」

「はぁ、うっせえな。」

「や゛ーめ゛ーて゛ー!」

「好きな女の顔だ、ブスとか思うかよ。手ぇどけろ。」

「リヴァイがこんなにも強引だなんて思ってもみなかった…!」


音がするとしたら多分ベリッて音がするんではないかと思う。本気を出した彼の力に私の手なんていとも容易く剥がされてしまい頭の中大混乱中な上、号泣とまではいかないが程よくボロ泣きしてメイクがきっと大変なことになっているかもしれない。(ウォータープルーフが涙に勝ってくれていることを切に願う)そんな私と目が合ったことが嬉しいのか分からないけれどフワリと微笑み、額に柔らかい感触一つ。



「俺は昔からずっと好きだった、今もこれからもずっと好きだ。なまえから好きだと言ってもらえるまでもう手は抜かねえからな。」




白旗を振る支度をせねばならないと私の心臓が大暴れした瞬間だった。



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