カラン、カランと誰かが来店したのを知らせるドアベルが心地よい音となって外気と共にフワリと耳に辿り着く。
ああ、今週も来てくれた。またこれで次の週も頑張れるという嬉しさに喜びを噛みしめる。


「いらっしゃいませ。」

「ンァ、ドーモォ…」


暑さのせいか汗が頬から顎に伝い雫となって滴り落ちるのを乱暴に拭い取る様は妖艶で年下にもかかわらずドキリと心臓が高鳴る。
カウンターを拭いていたダスターを片付けお冷とおしぼりと共に彼を席に案内し、いつも通りの注文で良いかと聞くと小さく頷きおしぼりで汗をぬぐい始める。


「あ。ねェ、店長サァン。」

「はいなんでしょう?」

「この後福チャン達来るからァ。」

「かしこまりました。お連れ様参りましたらご案内しますね。」

「ウン。よろしくねェ」


お世辞にも愛想が良いとは言えない彼がこのカフェに来るようになって一体どれだけ経っただろうか。
初めて出会った時にはリーゼントだったような気がするし、今以上にもっともっと性格的にも尖っていたような記憶がある。そんな彼が徐々にではあるけれどこうして丸くなっていく過程を見続けている私にとってはとても嬉しい事である。

バーカウンターで注文を受けた飲み物を作るためグラスにガラガラと氷を流し込む。冷蔵庫からベプシを取り出しプシッと小気味いい音を立ててキャップを外すと微かにベプシの香りが漂う。本来だとベプシは置いていなかったのだが彼が頻繁に足を運んでくれるので感謝の意味も込めて、彼の好きなベプシを扱う事にしたのを思い出しどうしてだろうか口元が緩んでしまう。親から受け継いだ地域密着型で比較的年配の方の憩いの場になりつつある、個人で細々と経営しているカフェに若い子が来るだなんて思わなかったのにこうして来てくれてる予想外な現実も原因なのかもしれない。


***


グラスが汗をかいてカラン、と氷が鳴り、店内には例の彼の友人が続々と集まりやいのやいの楽しそうに談義している声が聞こえてくる。


「だーかーらー、そんな事福チャンにさせないでもらえるゥ?」

「でもおめさんいつもそうやってグズグズ言ってるだけじゃないか?」

「ッセ!俺のペースがあるからァ!」


他のお客さんに呼ばれて最初から最後まで聞いてはいないがこの会話の流れ的にきっと色恋沙汰の談義なのだろう。
少し恥ずかしそうにする青年にまた頬が緩む。

懐かしい、私にもこんな時があったのにいつの間にこんなにも歳を重ねてしまったのか。


「店長サァン」

「はい。」


軽く過去の自分と照らし合わせていた時に不意に呼ばれて慌てて彼らのテーブルに向かう。


「アー、あのさァ…」

「追加のご注文ですか?」

「エッや、ちがくてェ」

「靖友がんばれ」


聞き間違いをしたかと思った。

見間違いをしたかとも思った。

垂れ目の青年とカチューシャの青年が楽しそうに笑い金髪の青年は腕を組んで頷いている。


「そのさァ…」


ほんのり赤く頬を染める彼は私と目を合わせずに頭を乱暴に掻いている。待って、私キミより年上だよ?大学卒業してるよ?
彼の顔が赤くなるに連れて私の心臓も早くなる。チラリと友人三人を見ると微笑ましそうに此方を見ており、まさか私の顔も赤くなっているのだろうかと両手を頬にやると更にニコニコ笑う三人に頬が一気に熱くなるのを感じた。


「靖友、ほら。」

「荒北。」

「ッセーヨ!福チャンまでそんな目ェしないでくれるゥ?」

「ワッハッハッ!ならばさっさと済ませる事だな!」

「店長サァン!」

「えっあ、はい!」


ずっと目が合わなかったが漸く視線がかち合う。
耳まで真っ赤にして口元を震わせ覚悟を決めた様に一度ギュッと目を瞑り、


「荒北靖友ォ!」

「え、え?」

「俺の名前ッ!店長サンの、な、名前ェ!おしえてよォ…!」

「ブハッ!!!!」

「嘘だろ靖友ぉ〜〜!?」

「あ、みょうじなまえです。」

「おめさんも答えるのかよー!」

「ム、みょうじさんはいくつですか?」

「20代、とまでは言っておきますね」


荒北くんと名乗る青年が至極嬉しそうに頬を染めて私の名前を小さく呟いている姿はもう本当、私の荒んだ心がほっこりするくらいに可愛くてポヤポヤしてしまう。
若いというのは羨ましいなぁ、なんて思いながらもまだ残っている作業を思い出し次の日用の仕込みを始め、しばらくの間バリバリとサンドイッチのレタスを千切っていると痛いくらいの視線を感じてその元を辿る様に目線を上げるとソワソワする荒北くんの姿。

いつの間に友人達が帰ってしまったのか気付けば荒北くんがポツンと座っていた。パチリと目が合うと不器用に微笑む荒北くん。ちょいちょいと手招きをされ再び彼の元へと向かうと「耳貸してェ」と言うものだから少し屈んで耳を傾けると、


「なまえチャン、好きだよォ」


目をかっ開いて彼を見ると顔を赤くした荒北くんが満面の笑みをこちらに向けていた。

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