03


あの後から正直あんまり記憶がない。
気が付いたら自分のベッドの上だった。時計を見ると朝の8時。私は果たしてお風呂に入ったのかさえ覚えてない。そう言えばあの男は一体どうしたんだ、慌ててリビングに向かうとソファに踏ん反り返って座るオガタの姿があった。


「なんだ?今頃お目覚めか?」

「おはようくらい言えないの?私家主なんだけど?」

「飯はどうするんだ?」

「…はぁ…」


夢じゃなかった。
ただただそれに肩を落とす。人がタイムスリップするなんてどんなファンタジーなのだろうか。むしろこれは心霊現象なのでは?過去の人が現代に現れるとか絶対幽霊じゃん。そう思いもしかしてのもしかしてで管理会社と不動産屋さんに連絡を取ろうとリビングの本棚の一番下の取り扱い説明書に混じってつくなってるマンションの契約書を探し当てる。
これ絶対事故物件だよ、じゃなきゃ2LDKでこんなに安くなるわけないもん。当初確認した時はヘラヘラした担当さんが「そんな事ないっすよ〜!」と言っていたがこれはもう絶対事故物件の何物でもない。そんな気しかしない。
連絡先を見つける為にパラパラと書類を巡っていると不意に私に影がかかる。


「おい、飯、どうすんだ。」

「あー…朝食べる系の人なんだ…」

「食わねえのか?」

「簡単なのでもいい?」

「ああ。」


書類を漁るのは後からにして今は飯を食わせろと煩いオガタを黙らせなければならない。


「パンでもいい?」

「食えればなんだっていい」


二つ返事でキッチンに向かい厚切り食パンをトースターに放り込み目玉焼きと焼きベーコンを作るためにフライパンに火を掛ける。
油を引いて卵を落としそこにベーコンを二枚入れて弱火で炒め味付けをすればとても簡単な朝ごはんの出来上がり〜。
チン、と焼きあがったパンにベーコンと目玉焼きを乗せ、皿に置きオガタの定位置になりつつあるソファの前のローテーブルに出すと昨日のあの猫の目みたいになってこちらを伺う。


「え、嫌いなの入ってた?」

「なんだこれは」

「朝ごはんだけど」

「……食っていいのか。」

「私朝は食べないから食べてもらわないと困るんだけど。」


ソファに腰掛け目の前にあるトーストを皿ごと持ち上げジッと見つめるオガタに何がそんな珍しいんだと思ってしまう。
オガタがトーストを食べている間に先ほどの書類の束を漁りお目当ての物を見つける。
再び時計を見ると9時少し前で、管理会社も不動産屋さんも共に10時からの営業と記載されている。一時間以上もあるじゃないか。小さくため息を漏らしトーストにようやく噛り付いているオガタを盗み見し今日の予定どうしようかな、と考える。

考えてはみたがオガタがいるから何もできないという結論に至る。


「ねえねえ、オガタはこの世に未練があるから化けて出てきたの?」

「…何んだよ急に。」

「だって明治の人なんでしょ?そんな人が現れるとしたらもう幽霊でしかないじゃん」

「だとしたら何で俺はお前に触れたんだ?幽霊なら触れねえだろ?普通。」

「オガタってもしかして上級の霊とか?そしたら触れたりするんじゃない?」

「はぁ、何でもいいが勝手に殺すな。俺は死んでねぇよ。」


食べ終わった頃を見計らい話しかけてみるが死んでないの一点張り。でもどう考えたってタイムスリップは非現実的過ぎて私の中でどうしても信じられないものがある。


「あとオガタなんか臭うよ。」

「風呂入ってねえからな。」

「どんだけ入ってないの。」

「最後に入ったのは2日前くらいか?」

「やだくさい。ちゃんとお風呂はいってよ。幽霊ってお風呂入れるの?」

「うるせぇな」

「お湯張ってくるからお風呂入ってよ。くさい。」

「臭い臭い言うなよ、流石に傷付くぜ?」

「そのドヤ顔どうかと思う。」


最早癖なのだろうか、坊主頭を撫で此方に視線をやるオガタのドヤ顔を指摘しながらお風呂のセットを始める。
明治の生まれと主張しているのならきっとこのお風呂の使い方だって分からないはず、と思いオガタを呼んでお風呂の説明をしようと脱衣所に招き入れた時、また目がキュッと猫になった。本当その目どうなってんの?

キョロキョロと脱衣所を見渡し、また私を見る。「なんだここは」と言いたいのか。


「ここで服脱いで、洗濯するからこのカゴに入れて。で、代わりの服は用意しとくからそれ着て。」

「……」

「で、こっちが浴室になってて、これがシャワー。ここを捻るとお湯が出るからね。あ、こっち捻ると温度変わっちゃうから触らないでね。」

「……」

「これがシャンプーとコンディショナー、ボディーソープ。あ、伝わる?シャンプーが髪の毛用の石鹸で、その後にこのコンディショナー…なんて説明したら良いの?とりあえず髪の毛がサラサラになるやつ使って洗い流して。ボディーソープが体用の石鹸だから。」

「……」

「わかった?」

「…ああ。」

「じゃあお風呂のお湯が張れたらお風呂入ってちゃんと体洗ってね。くさいから。」

「まだ言うのかよ。」


ガシリ、と頭を掴まれギリギリと徐々に力を加えられていく。「ちょっと痛いんだけど!」と抗議するが「ははあ!」と楽しそうな声がするだけで力は緩んでくれない。

もう本当なんて奴なんだ、いつか追い出してやる。

不意に頭を離されフラリと足が遊んだ。
指の跡が付いていないか鏡で確認していると鏡越しにオガタと目が合う。


「早く出てってくれねえと俺が入れないんだがなぁ?」

「はいはい、出てくから。」

「なんなら一緒に入るか?」

「嫌すぎる〜〜」


言いながら脱衣所の扉をパタンと閉め、ウォークインクローゼットに足早に向かう。
オガタ男やんけ。服あるかな。あれ、下着は?私の家に男用の下着は一枚もない。しょうがない。近所のコンビニに走ろう。
財布と家の鍵だけ持ってお風呂場に居るオガタに「買い物してくるからゆっくり入ってて」と声を掛け返事を貰ったのを確認してダッシュでコンビニに向かう。
今のコンビニって本当便利になったよね。下着だけじゃなくスウェットだって売ってるんだからさ。上の服はオーバーサイズの物があるから良いとして、下は何にもないからフリーサイズのスウェットもワンセットカゴに入れお会計を済ませる。男物の下着とスウェットを見た顔見知りの店員さんは「とうとう彼氏できたの?」と意味深な笑みを浮かべるが「彼氏だったら良かったのになあ」とぼやくと何を勘違いしたのか「あ、片想い系?」と可哀想なものを見るような目になり最後に「応援してるよ、」と握手をされた。なんなの。


「ただいまあ」


走って帰るとまだオガタはお風呂の様で浴室から水の音が僅かに聞こえてきた。
脱衣所の扉をノックして「着替え、おいとくね。」とさっき買ってきたお着替えセットを置いて自分は丁度いい時間になったのを確認して管理会社と不動産屋さんに電話をかける。


『ああ、なるほど。そうだったんですね。』

「以前にも聞いたんですけどはぐらかされたんでちゃんと聞きたいんですけど。」

『うーん。知る権利はあるのでお教えしますが事故物件と言えば事故物件ですねぇ…』

「事故物件じゃないんですか?」

『特殊なんですよ』

「どういうことですか?」

『全員が全員と言うわけではありませんが、何名か神隠しに遭われてるようで…』

「怖すぎて何も言葉が出てこないんですけど、私今2年目の更新しようか悩んでたんですけど辞めたいです』

「いやいやいやそれは此方も困りますよ〜!みょうじさんがようやく入居してくれて助かってるんですもん…』

「私も神隠しに遭ったらどうしてくれるんですか」

『でもそんな兆しなかったですよね?ね??更新はもう少し先に考えませんか?お願いします…』


聞きたくない事聞いちゃったよ〜!非現実的な事聞いちゃったよ〜!絶対解約してやるって心に決めて「また連絡します〜」とブチリと電話を切った。


「……じゃあオガタは生身の人間説が出てきたぞ?」

「最初から俺は生身の人間だって言ってるだろう?」

「ぎぃやああ!!」

「やかましいな。」

「驚くから急に視界に入ってくるのやめてよ」


ポタポタと雫を落としながらオガタが何故かタオルを一枚腰に巻いた状態で私の横にしゃがみ込んでいた。ねえ際どいんだけど。


「…え、なんで裸なの?」

「褌の代えが無かったんだよ」

「下着なら置いてあったじゃん」

「?どれだ?」


タオル一枚でドヤ顔されてもただただ面白いだけだからね。と言いながらも脱衣所に置いておいた下着とスウェットをオガタに渡す。
「これが褌?」とこちらを見てくるオガタに対し無言でコクリと頷く。別室で着替えてきてもらいリビングのソファに当たり前のように座るオガタにまじなんなん?って思ったのは内緒。

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