04
「ここが事故物件と言うことが判明した結果、私は最後までオガタを面倒見ようと思います。」
お風呂も入りとてもいい匂いがするようになったオガタはソファに座り私が煎れたお茶をズズ、と啜った。
認めたくないが此方の時代から神隠しに遭って知らない誰かがどこかにタイムスリップしたりとかすると言う事はその逆もまた可能性としては否めない。と言うことはこれは私に非はないけれど、ここに住んでいる私はもしかしてこの神隠しに遭った人を助けなければならないのでは?とようやくその考えに行き着いた。
きっと神さまも「いい事したらいい事あるよ」って言いたいんだろう、インセンティブの金額少し上がりますように。
「でも面倒を見るに当たって一つ問題があります!別に一つじゃないけど。」
「なんだよ」
「オガタが持ってるその猟銃と短銃!猟銃は登録してないと銃刀法違反で捕まるから持って出歩かないでね?あと短銃は見つかったら即アウトだからね」
「何が起こるかわからんだろ。あと猟銃じゃねえよ。」
「猟銃じゃなかろうが時代にそれはアウトなんだよ、ダメなんだよ…郷に入りては郷に従えって言葉知ってる?」
「……はぁ、仕方がねぇ。」
ジッと彼の目を見つめると大きなため息をついて猟銃と短銃を私に預けようとするが、
「なんて言うと思ったか?」
「本当いい性格してるよね、放り出したい。」
「お前も出会ったのように可愛らしく泣きべそかいて“お願いします尾形上等兵殿”って言ってみろよ。」
「えっ絶対やだ」
「ははあ!脳天ぶち抜かれても文句はないな?」
「大いにあるし、死んだらオガタに取り憑くからね」
銃を構え底の見えない真っ黒な瞳が私を射抜く。
正直とても怖い。もし、引き金にかかる指が引かれてしまったら私の額を狙う銃口から弾が飛び出してきてしまう。
そうしたら正真正銘の事故物件になるのだが。
「ここではそれがルールなの。それが守れないなら出てって。軍人だか何だか知らないけど威圧すれば何でも言うこと聞くと思わないで欲しい。言うこと聞いて欲しいならまずは提示したルールを守ることを誓って。」
「…ふん。」
「ねえ聞いてるの?」
「…ああ。だが銃も色々と調整しないと駄目なもんでね。」
「別に全く触るなとは言ってないよ。家の中の見えないところでならお好きに触って。でも撃たないでね。通報されるから。」
「腕がなまるじゃねえか」
「それは知らんよ。」
とは言っても常日頃から銃を撃ってるなら確かに腕がにぶるのだけは回避したいんだろうけど、そんなのオッケーだせるわけもなく。
スマホで近くにクレー射撃がないかを検索すると同県にはあるが端っこの方だった。片道何時間?ってレベルで遠くて頭を抱えた。目の前には少しむくれているオガタが一体。
「今日明日はオガタの身の回りのもの掻き集めるので精一杯だから今度の休みにでもレンタカーでクレー射撃に行こうか…」
「くれー射撃」
「射撃は射撃でしょ?譲歩してよ、」
「撃てる場所があるのか」
「本当その目面白いよね。」
嬉しいという感情からから猫の目になりながらも短い髪を撫でる。その目のせいでいつものドヤ顔全然キマってないけど。
「じゃあ、とりあえず近くのショッピングモール行こうか。」
***
スウェットの上だけオーバーサイズの物に着替えてもらい私も軽く支度をし、いざ行かん!となった矢先にオガタが銃を背負い込んでしまった為、再び銃を持って出れないという説得をするのに要した時間30分。
さっき承諾してくれたんじゃなかったの?明治の人こんな頑固で面倒くさいの?今の若い子の方がもっと理解力あると思うんだけど?
鞄とある物が入った紙袋を手にようやくマンションを後に出来たのが13時半。
エントランスを出ると風が小さく吹いて冬を感じさせられる。そして聞いてほしい、今オガタの服装が吐くほど面白い。私のオーバーサイズのセーターにダウンジャケットを羽織り下はスウェットに靴下にサンダルというファッションモデルが見たら白目向いて倒れそうな格好をしている。あ、だめ笑いそう。
歩いて10分くらいのショッピングモールに向かって直ぐお腹も減り始めグゥ、と小さく鳴り横を見ると目を未だに縦に細めたオガタと目が合い不思議に思っていたが、ああ、と納得した。自宅を出てから見るもの全てが珍しかったのだろう。そう言えばエレベーターでビクッとしていた。あれも面白かった。
今も目の前をたくさんの車が走っているのを固まりながら見ている。
「これは横断歩道で、あれは歩行者用の信号機ってやつ。赤だと渡れないけど、青になると渡れるようになるから少し待ってね。」
「あーあれはマンションだよ、私の家もこのマンションってくくりに入ってるし、あっちはオフィスビルっていう会社が入ってるやつ。」
「これは電柱。電気を各家庭に送ってくれてるよ。」
「モールはここからでも見えるあそこだよ。」
「そっち危ないからこっちきて。」
「ねえ聞いてる?」
猫の目ですれ違う人を視線で追いかけたり、そびえ立つビルやマンションを見上げてキョロキョロとするオガタに少しずつ答えられる範囲で簡単に説明していく。
その度に何度も頷くオガタの目が徐々に元に戻っていくのがわかる。
オガタからは何も発信はないがこちらから他愛もない会話を延々と繰り返しているうちにモールにたどり着くことが出来た。販売業だとこういう時会話途切れないからやってて良かったと思う。基本相槌しかされてないから私のマシンガントークをひたすらぶっ放してただけだけど。
相変わらずだだっ広いモールの駐車場に足を踏み込みモールの入り口までやって来ると今度は自動ドアに体を僅かに跳ねさせ此方に顔を向ける。
「自動ドアだよ。人を感知して開くの。マンションの所も自動ドアだったけど気付かなかった?」
「…そうか」
二重の自動ドアを潜り抜けエントランスに入ると初めて見た光景に彼は口を開けてポカンとして立ち尽くす。
「迷子にならないでね」「ああ。」行こう、そう言ってオガタの腕を掴んで衣服量販店に向かう。ここは安くて長持ちする物がたくさんだから本当にありがたいと思う。店頭の自家発熱するインナーを数枚カゴに放り込み、メンズコーナーに向かう。
オガタがいつ居なくなっても良いように私でも着れるデザインのセーターやシャツをオガタの体に当てながら選んでいくが等の本人は面倒臭そうな出で立ちで、心ここに在らずの無の表情で欠伸をしている。
不意にオガタがセーターの値札をピラリとめくる。
「…は、」
「?どうしたの?」
「……」
「え、ちょ、どうしたの?ねえ、」
カゴの中に入れたトップスの値札を見てさっきまで興味なさげに欠伸していたオガタの目がキュッと絞られ恐る恐る此方に視線に向ける。
「な、なに…?」
「何でこんな馬鹿みたいに高ぇんだ…」
「いや、安売りしてるからそんな高くないよ」
「こんなに稼ぎがあるようには見えん。」
「だから安売りしてるから大丈夫っていうか馬鹿にしてるの?」
大幅値下げ!と大きくポップが立っているワゴンの中からの物だし、それくらい買えるし!ってめちゃくちゃ馬鹿にされているのかという、ちょっとした怒りの方が勝ってしまい、明治のお金の価値と現代のお金の価値が違うことを失念していた。
なんなんだ、勝手に私の元に来ておいて殺されかけるし、言うことは聞いてはくれるけど説得に要する時間だってかなりかかった。ついでに稼ぎがなさそうって失礼過ぎだと思わない?先にも言ったが毎月大幅にノルマ達成してるし自店舗でトップ走らせてもらってるのでインセンティブだってかなりある。人は見た目によらないって言葉があるんだぞ。
「こんな大金どう払うんだ、」
「た、たいきん?」
「一つ九百円、…未来ってのはこんなにも物価が高いのか」
「えっちょ、まッ、待って。」
そこでハッとする。
慌ててスマホで“明治 お金 価値”で調べると明治の1円が現代だと3000円超えだと知る。故に計算するとオガタからしてみたら1着四捨五入で約300万の買い物となる訳だ。
そりゃそんな稼ぎはない。こっそりと怒って悪態ついてごめんねオガタ。
違うよ、と今と明治のお金の価値の違いを人がいっぱいいるこの店内でスマホの電卓を使って説明し始め、オガタが理解、納得するまでそれを続け、ようやく自分の中に落とし込めたオガタは先ほどの無の表情に戻り服選びを再開する私について歩き始める。
パンツだけは試着してみないことには分からないのでスタッフさんを呼んで彼のサイズを探してもらう。
お風呂あがりにタオル一枚で出てきたときから思ってたけど意外と筋肉しっかりついててスタッフさんから彼のサイズを聞いた時聞き間違えたかと思った。
Lサイズだと太ももの筋肉で入らない可能性があるって、凄い。私のまわりには「レディースしか履けないんすよ〜」とか「俺、SSサイズですね。」とか言って細身のパンツしか履かない男しか居なかったからこんなの初めて過ぎて心臓がバクバク言っている。
スタッフさんから教えてもらったサイズを元にパンツを数本と先程選んだセーターやらトップスをオガタに持たせフィッティングルームに押し込む。「これとこれ、これはこれと着て出てきて。」選んだ服を全てセットしてこの組み合わせで着てくれ。それだけ伝えてカーテンを閉める。
しばらくしてカーテンがシャ、と音を立てて開かれる。
「え〜!やっぱりすごい似合う〜!!」
「少しきつい」
「どれがきついの?」
「下。」
「一応これはデニムだから履き続ければ少し緩くなるからこれはこれで大丈夫だと思うけど、ちょっとルームから出てきて。歩いてみてくれる?」
「…」
「どう?歩きにくくはない?」
「…まぁ。」
「じゃあ他の服も一応全部試着して出てきて。」
え、まじ?みたいな顔で此方を見るオガタに早く行けと再びルームに押し込んで今の一連の流れを同じように繰り返し、自分の目に狂いは無かったと確信し全てをレジに持っていく。
安いからと何でもかんでもカゴに入れていけば当たり前のようにそれが積み重なり諭吉さんの出動命令が発生する金額にはなる。こんな時、クレジットカードって便利だよね。財布からカードを出してお会計を済ませる。
その時の金額を見たオガタがまた目を猫にしていたのはもう放置。そのまま荷物をオガタに持ってもらい次の目的地を目指す。
「次は靴見ようか。でもその前にもうお腹が限界だからご飯食べよ。何食べたい?」
「さっきのはなんだ?」
「さっきのとは?」
「支払いしていた時の小さな板みたいなものだ」
「ああ!あれはクレジットカードって言うやつで、詳しいことは分からないけどあれでお会計出来ちゃう優れもの!文明の進化ってすごいよね。」
フードコートに行くかちゃんとしたお店に入るかどうしようか悩んだけれど小さく「さかな」と呟いたオガタと共に魚介類のお店を探し店内に入る。若いアルバイトの子だろう、元気な声で「いらっしゃいませ!」と笑顔で迎えてくれる。
ボックス席に通されメニューを開くと空腹マジックでどれも美味しそうにしか見えない。
目の前に座ったオガタも真似をしてメニューを見るがソワソワと落ち着かない。
「どれにしようね。」なんてメニューから一度目を離してオガタを見ると眉間にシワを寄せてウンウン悩んでいた。
もう私は海鮮丼にしよう。そう決めてオガタの注文が決まるまでスマホを取り出し弄り始める。
「あ、決まった?」
「これにする」
「鍋じゃん」
「ああ」
「これ2人前からって書いてあるけど、」
「……」
「わー!なんか私も鍋の気分〜!今日寒いもんね!オガタのチョイスは流石だね!」
海鮮丼の口になっていたが、口をキュッと結ばれると流石に心が痛む。
呼び鈴を押し元気のいいスタッフさんに注文を済ませてメニューを片付けるとやってくるのは沈黙だ。いくら販売員だとしても流石に話題も尽きる販売員もいる。私はそんな販売員。
なんの話しよう、と密かに悩んでいるとオガタと目が合う。
真っ黒な何を考えているかわからない瞳とかち合うと正直怖気付いてしまう。
「オガタの目の形ってなんかかわいいね」
昔の女の人は髪が命とか言うけど、現代の女の人は目が命。
必然的に特徴的かつ私好みなかわいい目の形に目がいってしまい、ついポロリと本音がでる。
「かわいい」と言われて喜ぶ男はいる。だがそれは現代の話であって明治を生きている男からしてみればそれはまあ屈辱だろう。一瞬にして目が座るオガタを見て「ごめん言葉を間違えた。」とこちらも一瞬で謝罪した。
まさかこれをこの日一日中引きずるとは思わず私は呑気に「はやく鍋食べたいね」なんて気持ちを切り替えていた。
ジロリと睨むオガタが居たなんて、私は気付きもしなかった。
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