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ガサガサと草をかき分けて野山をさまよう私はもう体力の限界だし、よくここまでやって来れたもんだよ。こちらに来てもしかして体力ついた?ついたよね、だって電車も車もない移動手段ほぼ自分の足だからね。そりゃついたに決まってるよねえ!

奈落からの伝言通り、私はあの虫さんと共に行動を共にしている。知りたくない事実だったが、心を無心にして虫と対峙するとなんと、虫の声が聞こえてしまった。


「黒巫女ってなにそれ…暗黒的…」


伝えられたモノは、黒巫女椿を探す事。

この辺りに居るはず。そう言われやって来たはいいが人の気配なんてしない。
湿地帯なのか至る所に沼があり注意して歩かなければ沼に落ちてしまう。

アバウトをアバウトで上塗りしてアバウトの極みな奈落の「この辺探せば見つかるはず」発見にため息しか出てこない。


「あついよー…喉乾いたよー!」


日差しが容赦なく私を襲い、愚痴りながら先行く虫を見遣る。私の視線に気付いた虫は羽音を緩ませ肩の上に着陸。
黄色いネズミみたいに肩に乗ったところで可愛さのかけらもないからホントやめてほしいというかマジで虫嫌いなんだってば。

この時代に殺虫剤あったら有り金全部それに費やす自信ある。これでこの虫ともおさらばだぜ!ヒャッハー!なんて夢のまた夢。
振り払う気力もなく、項垂れるしかない。

ぐちょり、珊瑚ちゃんからもらった草鞋は本当に長持ちした。長持ちし過ぎたってくらい長持ちしたと思う。沼にハマる足を見て心の底で珊瑚ちゃんに詫びた。

浅い沼をなんとか渡りきり一息つく。
スウェットパンツは泥まみれ、Tシャツだって汗でびっしょり。お風呂が恋しいほどに全身かわいそうな事になっているのに頭を抱えた。


「水浴びしたい…」


近くの木にもたれ掛かりこんな事になった原因を思い出す。
私が何度も奈落の邪魔したから、こんな事になったのだ。これはもう仕方の無い事だし殺されないだけまだマシだと思わなければいけない。
ていうか黒巫女ってなに。最初の方でも思ったけど本当黒巫女ってなに。
羽音を立てる虫に視線を送る。黒巫女だなんてダークネスな人と私は絶対ソリが合わない気がする。私を適任だと思った根拠が知りたい。あれ、もしかして探すだけ探させるだけとか?捜索隊か何かとお間違いでは?

自業自得のこの状況だ。はあ、と大きなため息をついて再び足を進めると同時に足元の小さな崖に気付かず滑り落ちてしまった。


「……やだ、私奈落に祟られてんのかな…」


もう泣きたい。落ちた先は水分が半端無く含んだ泥の中でとうとう全身が泥にまみれもう可哀相すぎる姿になってしまっている。

奈落に出会ってから全てが負の連鎖でしかない。泥だらけの手で泥だらけになった前髪を掻き分け目の前を見ると蛇を首にかけた女の人がこちらを眺めていた。
その人はとても凛々しく、そして美しいひとだった。そんな彼女に見惚れていると眉間に眉を寄せているのに気が付いた。


「あ、あの!この辺に黒巫女と言う人がいるとお聞きしたんですが…」

「ここで何をしている」

「く、黒巫女を探して…」

「邪魔だ、失せろ」

「…あの、」

「何だ。」

「引っ張り上げてもらえませんか」


泥に腰と反射的に地面に伸ばした腕も見事にはまり情けない姿のまま身動きのとれない私は目の前にいる彼女に助けを求めたのだが馬鹿じゃねえの?といった目でこちらを見、踵を返してしまった。

身動きの出来ない私は強制的にその人を見送る形になってしまい必死の叫びも無意味に終わったのだ。


「え。無慈悲。」


神楽でさえこんな私をみたら「仕方ねぇなぁ…」ってため息付きながら助けてくれるのに、あの人は奈落並みに心が冷たい人だっただなんて、なんて悲しいんだろう。私、いつか神楽と琥珀くんと共に三人で旅に出たい。

泣いてもこの状況が良くなるわけでもない為、ゆっくり体制を整えていく。ようやく立ち上がることに成功したもののどうやって陸まで行こうかと悩んだ。が、悩んでも手は無いので仕方なく再びゆっくりと足を片方ずつ動かし陸まで辿り着くことに成功した。

汗と泥まみれの私を笑うかのように虫が羽音を立ててこちらをガン見していた。


「君だけ羽があるとかズルい…」


辺りに水はなく体にこびりつく泥を洗うこともできずにこのまま泥まみれの妖怪のような出で立ちで先に進むことにした。

水を含んだ土というのは何でこんなにも重たいのか。
歩く度にズシン、と足音がする。やっとの事で湿地帯にも似た土地を抜けたと思うとまた目の前に広がる木々に嫌気がさした。
いくら木々が生い茂る森だとしても暑く、ひとつ、またひとつと玉のような汗が額から顎に伝わりポタリと地面に落ちていくのを感じた。



***



泥まみれ地獄から這い出して来た後、異様な空気に連れられ辿り着いた先は小さなボロ小屋。
いかにも出そうな感じのそこの箕を開ける勇気は私には無い。むしろ勇気とかの問題ではない。だけれどもし、この小屋が黒巫女の家だったらと考えると渋々この手がその小屋の箕を開けてしまった。そこにいたのは先ほど私を見捨てた美人がこちらを見据え座っていた。


「何用だ。」

「…あ、初めまして「何用だと聞いている。」

「アハハ、すいませんでした…」


美人には棘があると言うのは本当の事だった。沼の時点で心をベキベキにへし折られた私はもうカラ笑いしか出てこない。
耳元でブンブン羽音を立てて立派に説明を催促してくるこの虫に殺意すら感じながらも後が怖い為に言う事を聞かざるを得ない。ヒエラルキーの頂点が奈落なら最下層が私でその一つ上がきっとこの虫だろう。

こんな惨めなヒエラルキー見たことない。


「奈落に力を貸して欲しいんですけど、」

「興味ない。消えろ。」

「いやいやいやそこをなんとか!お願いします!私まだ死にたくないんです!本当!この通りですから…!」

「泥だらけで近寄るな。」


私そろそろ胃に穴あくんじゃないかな。泥沼で見捨てられるし暴言吐かれるし消えろだの近付くなだのとても悲しい気持ちしか出てこない。
嫌なものを嫌と言うその勇気は日本人として大したものだとは思うけど少しは話聞いて頂きたい。


「椿さんの力を貸していただきたいのですが、」

「ふん、私に何の特がある。断る。」

「あります!多分!多分あるはずなんです!だからお願いします!」


一定の距離を保ちながら頭を下げる。これを失敗した時の奈落からの対応が怖い。
だが向こうも向こうで首を横に振るばかり。え、何これ新手のいじめ?いじめなの?奈落と打ち合わせしてんじゃないの?流石にもうこのまま失踪したい気分なんだけど。もう奈落のもとに帰りたくないんだけど。

これで最後、もしこれで頭を縦に振らなければ私は肩に乗っている黄色いネズミポジションをねつらうエグい物体を本当に心から触りたくないが倒して失踪しようと思う。でなければ私は原形も留めない肉の塊になって妖怪の餌になってしまうだろう。やだやだやだ。それだけは本当にやだ。


「得ならあるぜ?」


不意に背後から聞こえた声に振り替える。そこには少し不機嫌な様子で柱にもたれ掛かる神楽の姿、その存在に少し安堵して私は二人を見守ることにした。


「…なんだと?」

「得ならあるっつってんだ、さっさとアタシについてきな。」

「ふん、誰がそんな事を信用する。」

「奈落に一回会や考えも少しは変わんだろ?なまえ、じゃあな!」

「えっ!?ちょ、神楽っ!?」


プチリ、と髪飾りの羽を一本ちぎり強い風邪と共に二人は遥か上空に行ってしまった。もう一度言う、二人でだ。


「ちょ、神楽っ!わた、私はどうしたらいいのっ!」

「適当に帰んな!最猛勝が奈落の場所まで案内してくれんだろ。じゃあ先行くぜ!」


あばよ!そんなノリで二人は羽に乗って飛んでいってしまった。私はもちろんそれを見送る他なくてただただその場に立ち尽くすのみ。
隣では羽音を煩くさせる虫がこちらをじっと見ていた。

もうそろそろ奈落を殴っても許されるのでは?