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「ねぇ、君は羽をもがれたプリンセスなの?さりげなく肩に乗っかるのどうかと思うよ?」


スヤスヤ眠る虫が羨ましすぎて仕方がない。
奈落からの連絡で明朝には白霊山に向かえと言われ蛮骨の朝食と読めるか分からないが書き置きもしておいた。この時代は作り置きが出来ないのが難点だが、魚や野うさぎを捌き干物にしてはあるので食いつなぐ事は暫く出来るだろうし、尽きる頃には七人隊で移動して食料を調達するだろう。
まあ人間どうにかして生きられるし煉骨とか言う人は頭良いみたいだから彼なら何とかしてくれそうだ。

霧が深い白霊山をよっこらせと登り続ける。
ある程度進むと神無が向こうの方からぼんやりと現れ変な声が出てしまったのは内緒の話。
神無と合流できた事による安心感にひとつ息を零す。間髪入れずに「移動するから、きて。」と何の感情も持たない声を発しドキリとする。まだまだ霧が濃く先が全く見えないし、現代人には足場の悪いこの状態の中彼女は簡単に進んで行ってしまう。ここで神無とはぐれたら蛮骨との約束を一生果たせなくなる気がして懸命についていくとたどり着いたのは、浜だった。


「…なまえ、船、漕いで…」

「初心者なんだけど」

「…この先が、目的地…」

「ねぇ今頃起きて羽音を耳元で立てるのやめてくれない?」


最猛勝にも急かされ目の前にある手漕ぎ船に乗り込む。漕いだ事なんてないから安全運転出来ないけど許してね、それだけ伝え櫂を構える。


「あの。どちらに行かれるおつもりで?」


いざ参らん、と意気込み漕ぎ出そうとした時だった。中年の男の人に声を掛けられ突然の事に驚き櫂を落としてしまった。それを拾い上げて、再度「どちらに行かれるおつもりで?」と聞かれるものだから神無に目を向けると蚊の鳴くような声で「…聖島、いくの…」と呟くと、それを聞いた彼も今からそこへ行こうとして居たらしく一緒に行ってくれると申し出てくれた。

有難い。実に有難い。櫂を漕ぐ男性と聖島に着くまでの間他愛もない話をして時を潰したのだが、最猛勝の事を聞かれた時はどうやってやり過ごそうか凄く悩んだがもう頭回らなさ過ぎて「飼ってる子です」と言うと凄い顔されたのは多分これからずっと忘れない。


「お兄さんは、聖島に何しに行くんですか?」

「ああ、ちょっと様子見だ。」

「様子見?何かあったんですか?」

「聖島をある家系の男が手入れしたりしてんだがな、何ヶ月か前から帰って来てねえ奴がいてよ。そいつがどうしてんのか気になってな。」

「お、お友達だったんですか?」

「まあな。よく朝まで飲み明かした仲間だったさ。」

「…はやく見つかるといいですね。」

「そうだな、もうすぐ着くぞ。」


ガコン、と音と共に島に到着した事を知る。やはり聖島も霧が濃く前が見えないながらも彼が慣れた様に歩いて行くのを慣れというのは凄いなと思いながら神無と共に進んでいく。
何ヶ月も前から行方不明だというお友達を探すと言っていたが、聞けば聖島は狭い。そんな狭い島で、しかも見渡す限り霧ではあるがザッと見た感じなにも無いように感じる。長い間ここから帰ってこないと言うのは如何なものだろうか。
この島にいると信じている彼には申し訳ないがもしかしたらどこかに行ってしまったのではないだろうかと私は思う。
そんな事を言う勇気もなく、彼の後を黙って進む神無に付いて私も黙って後を追う。
視界の遥か向こうからぼんやりと見えてきたのはお堂だった。

それが見えてきたのはいいがなにか様子がおかしい。


「な、どうなってるんだ…!?」

「えっえっ壊れてる!なんで!?中大丈夫なのかな!?」

「上人様!」


私たちが見たのは入り口が酷い壊され方をした変わり果てたお堂の姿だった。駆け寄ろうとする男性に釣られ私も走り出そうとすると隣にいる神無に腕を引かれ、彼女はおもむろに鏡をかざした。
え、まさか?まさかここまで運んでくれたあの人の魂取っちゃうとかじゃないよね?違うよね?ぽわ、と光りだす鏡と、彼が崩れ落ちるのは同時であった。
恩を仇で返した感じが否めない。あっという間に鏡に収まる彼の魂に私も膝から崩れ落ちる。


「神無って、鬼じゃん…」

「…なまえ、これ、置いて…」

「?なにこれ?」

「…独鈷…」

「あ!お寺で置いてあるやつ!」


指をさされた場所に独鈷をソッと置く。途端にパン、と音がして一面に花が咲き始める。何これイッツショータイムとか言いながらマジシャン飛び出して来るやつじゃないの?この時代にマジシャンなんて奇天烈な人間いる訳ないがつい構えてしまう。
もう仕事は終わったらしく神無が帰ると言い出し、私が来る必要無かったのでは?と微かな疑問が頭を過る。

きゅう、

小さな鳴き声が耳を掠めた。
あたりを見回しても特に生き物がいるわけでもないように感じ気のせいかと先行く神無の後に続く。
魂を抜かれた彼を埋める時間が無かったのはとても残念であるが、無言の圧力を持つ神無には勝てなかったのだ。



***



「…琥珀、もうすぐ来る…」

「サーチレーダー機能備わってるの?すごいね。私にも欲しい」

「…蛮骨、犬夜叉に勝てない…」

「え、」

「…今の蛮骨は、負ける…なまえは、嬉しい…?」

「わ、たしは、出来るなら…出来るならお互い仲良くして欲しいとは、思ってるんだけどね。」

「…なまえのこと、私には理解できない…」


私は奈落の方が理解できないよ。
白霊山の麓に戻り琥珀くんと、犬夜叉たちと交戦した七人隊を二人で待っているとポツリと呟く神無につい動揺してしまった。
そうだ、蛮骨と一緒に行動していたけどこれがずっと続く日常ではなかった。彼らは犬夜叉たちを倒すことが条件で生き返ったのだから、そのミッションをこなさないと自由にはなれない。


「ねえ、奈落は、四魂の玉を完成させるんだよね?」

「…うん…」

「もし犬夜叉に勝ったとしても、それは、」

「…蛮骨たち、死ぬ…それは、何があっても、変わらない…」


何の感情も映さない瞳が、私を見つめる。


「もし、玉が完成したら私たちもどうなるの?」

「…分からない、きっと、…」

「逃げようとは思わなかったの?神楽みたいに、自由になりたいとか…」

「…自由、わからない…」


愕然とした。そりゃそうだ、生まれてからずっと奈落に縛られて今日まで生きてきたのだから突然自由になったとしてもどう生きていいのかわからないだろう。
それほど、彼女の中で奈落というのは絶対的な存在で縛られる程のものだったのだ。

伏せられた瞳はなにも映さない。

なにも映せない。

ここに来て、ようやく私が平和ボケしていたのを痛感する。みんな仲良くなんて出来る時代じゃない。
その時代の中で偽善者のように私は中立に立とうとしていた。もちろん立てていた訳ではないが目の前の彼女に言葉をなくす。
私の過ごした時代とこの時代との差はありすぎたのだ。


「お待たせしました。そろそろ蛮骨たちが来るようですので移動しましょう。」


音もなく現れる琥珀くんに流石退治屋、基礎がちがうな。と、関心をしてしまう。この子も幼いながら戦って来ているんだ。小さい背中に重くのしかかる何かに負けないように、それぞれがもがいて、もがいて機会を伺い続けているんだ。

霧掛かる世界に浮かび上がる複数の陰に、不安がよぎった。