25
「上人さま、上人さま。今日はいい天気ですよ」
「霧に包まれておるではないか。」
「上人さまはお水飲まれます?ご用意しますよ!」
「儂は要らん」
「上人さま寒くないですか?」
「そんなもの感じぬわ」
「私何のために此処に来させられたんですかね?」
麓よりももっと霧が濃い神殿のような所に琥珀くんと神無と共に白心上人さまと言う人の身の回りのお世話を少しの間だけして欲しいと頼まれた。のだが上人さまは一人がお好きのようで私の事など見向きもしないし、話しかけても素っ気ない。
刻一刻と時が過ぎていく。
それに比例どころか反比例して蛮骨もきっと眉間にシワを寄せまくっているのではないだろうか。少しの間って、どの位なのだろうか。
早めに帰らないと私の命の危機だって早まるではないか。
手持ち無沙汰になってしまった私は口を閉じて上人さまの座る台座の真ん前に正座をするとジロリとこちらを一瞥し、目を閉じる上人さま。
「瞑想ですか?」
「…話しかけるな」
「暇なんです、私とお話しましょうよ。」
「…」
「上人さまは、なんで聖人になろうと思ったんですか?」
「…言う必要が、あるのか?」
「世間話みたいな感じですよ。」
「仏の道を選んだ以上、儂はこの決断しか見えなんだ。」
「なんでしたっけ、即身仏でしたっけ?その道しかないのはなんだか寂しいですね」
「…お前さんのなりたかったものは何だ。」
「えー…何でしょうね。お金持ちのニートが一番なりたかったものですかね!好きな事をして、好きな人たちと笑いあって日々を過ごせたら幸せですよね。」
「人が幸せと感じた時、誰かしらに皺寄せが来ると言われている。お前さんはそう思うか?」
キョロリ、目が開かれ私の目をしっかりと捉える。
彼に何を伝えればそれは良しとなるのかは分からないが、下手に言葉を飾ったところで全てを見透かしているようなその目には敵わないだろう。
「考えた事もなかったです。人間って、結局自分の事しか考えてないじゃないですか。自分が主軸。それが当たり前なのでは?上人さまは違うんですか?」
私を捉えるその目はなんの感情も見せる事はない。
「…人と言うのは、最後の最後まで業の深い生き物だ」
「それはすごく思います。」
「地位や名誉があっても最後は皆平等に必ず死が待っておる。一度死を覚悟したとて、間際になればどんな人間も生にしがみつく。醜い、生き物だ」
「そうですね。私も戦国に来て何度も死を覚悟しましたけどその瞬間死にたくないと藻掻いちゃうんですよね。人間強い人なんていないですよ。」
「だが、儂は上人。仏と成る身であった。」
「でもそれって必ず即身仏にならなきゃならない訳ではないですよね?」
「儂は、そうでありたかった。」
「必要とされるのが嬉しかったんですか?」
今まで目と口だけしか動かなかった上人さまの体がピクリと小さく揺れた。
何となくではあるが、目の前にいるこの人がとても苦しいと叫んでいる様に見えてしまいソロリと距離を縮める。その事に対して上人さまは何も言わず私が徐々に近づいて来るのをただ無言で見ているだけだった。
真ん前に来た時には上人さまは心静かに一つ息を吐いた。
「お前は、一体なんなのだろうな。」
それを呟き、私を見つめる彼の視線はとても穏やか。
「私は私ですよ。ただの人間です。」
「…人間、か。果たしてそうなのだろうか。自分で思った事はないか?」
「上人さまって凄いですね!実は私奈落の分身の疑いかけられてるんですよ!」
よくわかりましたね。
そう言うと彼は「やはりか」と小さく笑って「初めて会った時から人ではないと思っていた」と心底失礼な事を投げ付けられた。
私は人間ですよ!そんな抗議の声も聞かないまま、彼はまた優しく笑い今度こそ完全に目を閉じて全てをシャットアウトしてしまったのだった。
「え、私どうしたらいいの。」
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