#09



小樽。第七師団兵舎


「鶴見中尉殿」

1人の兵士が鶴見に駆け寄る。

「みょうじなまえが消えました」

「消えた、とは?」

「尾形上等兵と階堂浩平一等卒が消えた翌日、 みょうじなまえの行方がわからなくなっております。部屋を確認したところ、変わりはありませんでしたが…」

「彼女は尾形上等兵の世話をしておりましたし跡を追ったのではと…」そう言う兵卒に鶴見は「わかった、報告ご苦労」とだけ言って彼を下がらせた。

鶴見は部屋の窓際に近付き外を眺めふうと息を付き「月島軍曹」とそばで共に話を聞いていた彼に声をかけた。

「はい」

「みょうじなまえくんは手放すには惜しい人材だ、全力で探せ」

「かしこまりました」

「摩詞不思議な能力を持つ女でも所詮は一般人だ。そう遠くまでは行ってはいないだろう。尾形上等兵と二階堂、それから玉井伍長と3人の一等卒も末だ行方が知れていない。彼らを迎えに行くとしようか」

鶴見は額から流れる汁を懐から出したハンカチで拭き取った。

「ああ、それから月島」

「はい、いかがなさいましたか鶴見中尉殿」

「みょうじなまえくんのことだが、彼女は私の計画には必要不可欠だ。多少手荒でもかまわない。ただ殺しはするなと捜索隊に伝えるように、たのんだぞ月島軍曹」

「…は。かしこまりました」

不気味な笑みを浮かべる鶴見に月島は背中に嫌な汗が伝うのを感じながらも忠誠を誓う彼に敬礼をしてその場を後にした。










『くしゅんっ』

「やだ〜なまえちゃん風邪え?」と白石さんに揶揄される。 どこかで噂されているのだろうか。鶴見さんだったら嫌だな。

捜索に私も同行する事になっていたし、万が一見つかったらただでは済まなさそうだ。

気持ちが沈みそうで俯いていると「大丈夫?」と杉元くんが声をかけてくれた。強面で敵には瞬時に牙を向く彼もなんだかんだ優しいのだ。

杉元くんたちに半ば強引に仲間にしてもらってから一夜明けた今日。
私たちはアシリパちゃんが川でイトウが獲れると教えてくれたので一晩過ごしたクチャを出て川に来ていた。ちなみにアイヌ語でイトウはラウォマプというらしい。

『イトウって美味しいの?私食ベた事ない』

「俺も食べた事ないけど旨いらしいな。 マグロに似てるって聞いたぜ」と白石さんは涎を拭う仕草をした。

「みょうじ!ラウォマプはラウォマプでもイワン・オンネチェプ・カムイには気を付けるんだぞ!」

『イワ…なんて?』

「アシリパさんなんだい?それは…」

アシリパちゃんの言葉に杉元くんも聞き覚えがないのか首を傾げる。

「イワン・オンネチェプ・カムイ。イトウは大きくなると7尺(約2m)を超えるものもいる。何でも食べる悪食で川に落ちた子供を飲み込んだという話も聞いた事がある。これは昔話だが、猟師が追っていたヒグマが湖を泳いで逃げた。しばらくするとヒグマの姿が消えたから不思議に思った猟師が小船を出して様子を見に行くと、湖の中には大きなイトウがいてその口からヒグマの足がのぞいていた。その大きさは25間(45メートル)はあったそうだ。イワン・オンネチェプ・カムイはイトウの主だ」

アシリパちゃんの話にゴクリと唾を飲み込む。

別に海洋恐怖症というわけではないけれど湖を覗き込んでそんなものが本当にいたらきっとパニックに違いない。なんならそのまま映画にでもなりそうだ。

そんな話をしながら川沿いを歩いていると簡易的な桟橋のようなものがあり、そこには人影が見えた。

『あの人も魚を獲ってる』

「あれがイトウじゃないか?交渉して1匹分けてもらおうぜ」

その男の人はこちらに気が付くと顔を上げた。

すると「あ!キロランケニシパ!」 とアシリパちゃんが声をかける。どうやら彼女の知り合いらしい。男の人は立ち上がると「アシリパか?」 と笑みを浮かべた。

『アシリパちゃんのお知り合い?』

「ああ、私の村とは違う村に住んでいるけど、あの人は私の父の昔の友人だ」

「じゃあ話しが早いな」と白石さんは彼にイトウを1匹分けてほしいと交歩したが自分で獲ったらいいと言うキロランケさんにタモ網を借りる事になった。

テシと呼ばれる木で出来た柵のような囲いの中に追い込まれた魚がいるからソレを掬い上げれはいいようだ。

「面倒だな」という白石さんを杉元くんと共に「がんばれ」と応援した。

白石さんはキロランケさんがいる桟橋に乗る、その瞬間、バキャッ!と嫌な音を立て白石さんの足元の桟橋が折れ彼は川の中に落ちた。

『ちょ!白石さん?!』と慌てる私を他所に杉元くんは 「何をやってるんだこのバカは」と呆れ、アシリパちゃんは「すぐに火をおこそう」と背負っていた荷物を置いた。

冷静な2人を置いて私はというとパニックで、『白石さん!大丈夫?!』と手を伸ばすもあと少し届かない。

白石さんは「ココ!すげえ深い!」と荒てながらも「チュウして温めてねなまえちゃん☆」なんていうもんだから『冗談言ってないで!』と怒ると、突然白石さんの体が川に引きずり込まれた。

えっ?!と思い、覗き込むと川の中には大きな魚とその口に体を飲み込まれた白石さんの姿。

『ひっ?!こ、これって!!』

「イワン・オンネチェプ・カムイだ!!!」

「白石が食われた〜〜!!!』

『し、白石さん!今助けるから!!!』

「ちょ!なまえさんダメだ!!!」

飛び込もうとしたが杉元くんに手を掴まれ全力で止められる。
目の前で人が大変な事になっているのに指をくわえて見ているだけなんてヒーロー失格だ。
杉元くんの手を振り払おうとした時、横をすり抜け川に飛び込む影が見えた。

『!!キロランケさん!?』

キロランケさんは懐から小さなナイフを取り出し巨大なイトウの頭部に突き刺すとそのまま川岸に投げ飛ばした。

「白石はどうなった?!」と慌ててみんなで駆け寄ると、 そこには巨大なイトウの口から上半身だけを出した白石さんがいた。

これはまるで…。

「人魚だな」

杉元くんの言葉にソレだ、 と頷いた。








拾い集めた小枝がパチパチと音を立てて燃える。

そのそばでは全身ずぶ濡れになった白石さんとキロランケさんが服を乾かしながら体を温めていた。

巨大なイトウの処理はアシリパちゃんと杉元くんに任せて私も2人のそばにいた。

『白石さん大丈夫?よかったね下半身消化されなくて』

「ちょ!怖い事言わないでよなまえちゃん〜消化されたら俺一生童貞じゃ〜ん」と泣きまねをする白石さんに、童貞なんだ…と思いながらも何も突っ込まなかった。
かく言う私も異性と寝たことは無いので何も言えない。

しかし火を熾したとは言え、まだ雪の残る冬の川に落ちたわけで、内からの冷えが少し心配だった。現に白石さんの唇は紫がかっている。

『白石さん少し失礼しますね』

「えっ!」

白石さんの前に座り彼の両頬を手で挟んで唇にキスをする。白石さんが慌ててジタバタしていたがそのまま個性を使う。冷え切った唇に熱が戻ったのを確認して唇を離すと紫がかっていた唇は色を取り戻していた。白石さんを見ると顔を真っ赤にして口をパクパクと動かしている。

「えっ、ちょ…なまえちゃん…」
『はい、あとはしっかり火に当たって体温めてくださいね』
「はーい!…ってなんでそんなに普通なのさ!今接吻したよね?!俺たち!!」

「たしかに体温かくなってきたけどさ!それ以上にビックリだよ?!」と騒ぐ白石さんはスルーした。

これは個性を使うためであって別に愛情表現ではない。 それに毎回毎回恥らっていては人を助ける事なんて出来ない。恥じらいはもうとっくの昔に捨てたし。

白石さんの横で一連の流れを見て目をパチクリさせていたキロランケさんに向き頭を下げた。

『キロランケさん、ご挨拶が遅れました。私みょうじなまえと申します。白石さんを助
けてくださってありがとうございました』

キロランケさんは近くで見るとはっきりとした目鼻立ちで所謂男前だった。

「なまえか、よろしくな。いや無事でよかった。立派な食料も取れたしな。しかし2人は恋仲か?だから一目散に川にと飛び込もうとしていたのか?」

「周りを気にせず接吻とはお熱いな」と揶揄され否定しようとするとさっきまで1人で騒いでいた白石さんが「そうだよ!取らないでよね!」と急に態度を変えたのが少し癪に障ったのでその坊主頭をペシッとはたいておいた。

あ、 なんだか白石さんの扱い方わかってきた気がする。

その後もキロランケさんに「まぁまあ恥ずかしがるな」と勘違いされたままどう弁解するか考えていたけど、杉元くんとアシリパちゃんが準備してくれたイトウの塩焼きのいい匂いに、昨日から何も食べていなかった素直な私のお腹が元気よく鳴ったところで考えるのをやめた。





ーーーーーーーーーーーー
誤字脱字修正致しました。