#08
「テメェ…なにもんだ?」
地を這うような低い声に怖気付きそうになったがキッと睨み返す。
『何者でも貴方に関係ないでしょう?早くその手を離して、苦しいんだけど』
「ただの娘がその名前を知っているわけがねぇ…」
背中も冷たいしそろそろ離して欲しいと思いながらも動けずにいると「あ!」と声が上がる。白石さんだ。
「この子の軍袴、杉元と一緒?」
その言葉に杉元の軍袴に目をやると確かに杉元が穿いているのは同じ帝国陸軍の軍袴だった。杉元の腕の力が強くなり再び咳き込んだ。
「まさかあんたも第七師団とか言わないよな?」
『そうだって言ったらどうする?』
「ここで消す」
「杉元!無抵抗の女も殺すのか?!」
アシリパちゃんは杉元の殺気を無視して私の胸倉を掴んだままの手を離そうとしている。なんて勇敢な子なんだ。
「アシリパさん。コイツは第七師団、つまり俺たちの敵だ。大方鶴見中尉にでも言われて入れ墨を盗みに来たんだろう」
そう言って腰の銃剣を引き抜く杉元にふと疑問が浮かぶ。
『入れ墨…?なにそれ』
「あ?だから囚人の入れ墨!第七師団はソレを狙っているんだろ?」
入れ墨、入れ墨…何かが引っかかった。
浩平くんは杉元のことを「入れ墨の秘密を探るやつ」と言っていた。尾形さんに聞いた時は「探りすぎるとスパイだと疑われるぞ」と言われ、月島さんは何ともいえない微妙な顔をしていた。
『貴方の事、軍の人に聞いたの。入れ墨の秘密を探っている不死身の杉元。その男が尾形さんに大怪我を負わせて洋平くんを殺したって。私保健室の先生だからそれ以上は教えてくれなかったけど…』
「ほけんしつの先生…?」
杉元は聞き馴染みのない言葉に警戒しながらも手の力を弱めてくれた。
「尾形ってあの男か。そいつは勝手にこちらに襲い掛かってきて勝手に崖から転落していったんだよ。 洋平ってのはこの前の双子の片割れか?そいつも襲い掛かって来て殺されかけて殺した」
『え、どちらも杉元が故意的にやったわけじゃないの?』
「無駄な殺しは相棒に止められてるからな」
そう言って杉元はアシリパちゃんを見た。
遠くで「俺は〜?」という白石さんの声が聞こえた。
でも、だとしたら尾形さんはなんで杉元を襲ったんだろう。発見した当時尾形さんは1人だったし、 鶴見さん達も「何故尾形上等兵は単独行動をしていたのか」という話をしていたし。
「で、第七師団のほけんしつの先生が命令じゃないのにこんな雪山で何やってんだ?」
「言えない事か?」と再び杉元の殺気を感じた。
何でこんな山奥に?
私も知りたい。 体が勝手に動いていたんだもん。
今日だって本来は午後から尾形さんの包帯が取れるからソレが自分のことのように嬉しくて、午前中に色々終わらせて…
ポロッと涙が零れて目の前にいた杉元がギョッとする。
『ううう~~~ッ尾形さんのばかあ~!!』
そこからは自分でも歯止めが利かず涙は止まらなかった。
「あ~あ、杉元が怖い顔するからだ。 女泣かせだ」
「杉元は女泣かせなのか?大丈夫かみょうじ」
「アシリパさんに変な事教えるんじゃねぇ!」
アシリパちゃんに頭を撫でられ落ち着くまでそのままでいた。
『はあ、すみません…』
ひとしきり泣いた私はズズッと鼻を啜った。
あんなに怖かった杉元も私の泣きっぷりに驚いたのか「大丈夫?」と声をかけてくれた。やさしい…。
『お見苦しい所をお見せしました。』
「いや、かまわない。 で結局お前は鶴見中尉の命令で俺を消しに来たわけじゃないんだな?」
『はい違いますよ。その入れ墨の事とかも本当に知らないです。 そりゃ浩平くんを殺したのは許さないけど、生きるためには仕方なかったんだよね。いつまでも自分がいた時代と比べたらダメだね』
はあと息をつくと杉元佐一もとい杉元くんは「ん?」と首を傾げた。
「自分がいた時代ってどういうことだ?」
『あ』
「そういえばなまえちゃんが着てるこの洋服、えらいしっかりしてるね?」
口が滑ったと思ったけど、時すでに遅し。杉元くんが再び「テメェなにもんだ?」って顔をしている。
『あーーー信じるか信じないかはあなた次第ですからね』
はあと息をつくと杉元くんは首を傾げた。
口を滑らせたのは自分の非であるわけだから包み隠さず話す事にした。
まず自分がこの時代の人間ではない事。
個性の事。
負傷した尾形さんを手当てして第七師団に拾われた事。
毎日尾形さんの健康をチェックしていたこと。
今日がようやく包帯が外れる日だったのに尾形さんが兵舎を抜け出していなくなった事。
いてもたってもいられなくなり自分も飛び出した事。
全て話し終え3人の顔頭を見ると信じられないという顔をしていた。
「えっと、じゃあなまえさんは未来からきたってことか?」
『はい、私がいたのは2020年です』
「その個性って言うのは何なんだ?治癒したって言ってたけど」
『あーそれは…』
尾形さんの時みたいに実演するのが早いだろう。
『じゃあとりあえず誰か指先切ってくれませんか?』とサイコパス発言をしたところ杉元くんが名乗り出て、杉元くんは自分の小刀で指先を切りつけた。
「コレで良いか?」
「はい、良い感じです。じゃあ少し失礼しますね』
そう言って杉元くんの手を取り、切った指先にキスをする。もちろん血にあたらないよう気を付けながら。
「なっ、ちょ…なまえさん!?!」
「杉元テメェ!!羨ましい!!!」
「なんだ?!なんで口をつけるんだ?!みょうじは杉元が好きなのか?!」
「やめて!アシリパさん!!」
3人が騒いでいたが私は治癒に集中する。大きな傷でもなかったので傷跡はすぐに消え唇を離した。
『コレが私の個性治癒。負傷した相手にキス…接吻する事で治す事が出来るの』
真っ赤になって顔を隠している杉元くんが面白くて笑っていると、杉元くんはハッとして顔を上げた。
「なまえさん、尾形にも個性使ったってことは、尾形にも、その…せ、接吻したの?」
『え?しましたよ、体温下がってたんで唇にですけど』
「俺川に飛び込んでくる!!!」
そう言って川に飛び込もうとする白石さんをアシリパちゃんは変な形をした棒で殴りつけていた。何あの禍々しい棒…
『これが私の個性です。 役に立つと思いますけど?』
「役にって…え?なまえちゃん一緒に行くの?!」
1人で行動するよりは何人かでいた方が安全そうだし、彼らも見たところ旅をしているようにも見えた。
尾形さんは杉元くんを独断で襲ったって言ってたしもしかしたら一緒にいればいずれは会えるかもしれない。
「ダメだ」
しかし杉元くんは首横に振った。
『私が第七師団だからですか?』
「そうじゃない、俺たちは今危険な旅をしているし、入れ墨のことを何も知らないあんたを巻き込むわけにもいかない」
『私は第七師団の兵舎を黙って抜け出して来ちゃったの。 だからどちらにせよもう危険な旅だし、人数も多い方が個人的には安心なんだけどダメかな?』
「杉元、私はかまわないぞ」
「アシリパさん!でも…」
「危険かどうかはみょうじが決める事だ。お前が決める事じゃない、 それにもし私達が危険な目に遭いそうになったらお前が守ってくれるんだろう?」
アシリパちゃんて本当にしっかりしているんだな、 と感心していると杉元くんは「わかったよ」と観念したように息を漏らした。
その後、立ち話もアレだといってアシリパちゃんが所持しているクチャと呼ばれるテントのような小屋に案内してもらいそこで杉元くんたちの旅の目的を話してもらった。
アイヌの虐殺事件があったこと。
奪われた金塊のこと。
囚人に彫られた入れ墨のこと。
ソレが金塊のありかを示す暗号だということ。
『そんな事があったなんて知らなかった…』
聞いた話は未来の教科書にも載っていない話で信じがたかったけど「殺されたアイヌの中に私の父親もいた」と淡々と言うアシリパちゃんに心臓がギュッとなり彼女を抱きしめ全部信じる事にした。
白石さんも囚人の1人らしく入れ墨を見せてもらったけど奇妙な模様の入れ墨だった。
『第七師団で入れ墨の事を話すとはぐらかされていたし、しまいには鶴見中尉に危険視されるぞって脅しみたいなことも言われて…それ以上首を突っ込まないようにしてたの』
鶴見さんも金塊のこと知ってたのかな?
「第七師団に捕まった時、鶴見中尉に会った。刺青人皮を隠し持っていないかしつこく聞かれたよ。なまえさんが探している尾形も俺が刺青人皮を持っているから襲い掛かったんじゃないかって言ってた。それにやつらはもっとでかい事をたくらんでいる」
尾形さん入れ墨について詳しくは知らないって言っていたのにそれにでかい事って一体なんなんだろう。
「俺の推測だけど、なまえさんが第七師団に匿われてたのって、その…言いにくいけど戦力になるからじゃないか?」
『うん…杉元くんの話を聞いてそうなのかなって思った。だって自分で言うのもなんだけど、治癒個性って最強じゃない?利用されそうになってたのかなって』
尾形さんも鶴見中尉には気を付けろって言ってたし。
『そういえば杉元くん、刺青人皮ってなに?』
「ん?ああ、少し酷な話になるけど、その囚人に彫られた入れ墨は皮を剥ぐ事を前提に彫られていたんだ、24人分の刺青人皮が集まって初めて金塊のありかを示す暗号が完成する」
『そんな…じゃあ囚人の人は殺さないといけないの?』
「白石のように写し書きをさせてくれるやつならいいけど、 そうじゃないやつらばっかりだ。でも俺は戦争でもう何人もの命を奪ってきている」
「人を殺して地獄行きなら俺は特等席だよ」と杉元くんは寂しそうに笑った。
外を見れば日は落ち辺りは暗くなっていた。