#16


場所は苫小牧競馬場。


この時代にすでに競馬があった事にも驚いたけど、お客さんが多いのにもさらに驚いた。


パチンコ屋さんですら入ったことのない私にとって競馬場ももちろん初めてで、全てが物珍しく『へぁ〜』とキョロキョロしながら歩いていると「なまえ、よそ見してるとぶつかるぞ」とキロランケさんにグイッと肩を引き寄せられた。

どうやら前方から歩いていていたおじさんに気付かずぶつかりそになっていたようだ。

『キロランケさんありがとう、競馬場なんて初めてでついよそ見してた』

「そうだったか、日露戦争後に各地に競馬場が設立されてから競馬の人気が過熱してこの盛り上がりだ」

『へぇ〜でも賑やかなのはいいね!お祭りみたい』

すると私たちの前を歩いていたアシリパちゃんが足を止め「あ!」と声を上げた。

同じように足を止めアシリパちゃんが指さす方を見るとそこには見覚えのありすぎる坊主頭がいた。

アシリパちゃんは「脱糞王と赤いキツネ」ともはや原型を留めていない名前で彼らを呼んだ。なんか赤いきつね食べたくなってきた。好みは緑のたぬきだけど。


「おい白石!」


杉元くんのよびかけに気付いた脱糞王こと白石さんは「あぁん?」といかにもガラの悪い表情でコチラに振り返った。

なんか頭や首に変な装飾が付いてるんだけど。


『白石さん!朝から姿が見なかったから心配してたんだよ!』

「白石テメェ、お前アシリパさんに借金があるくせに賭け事とはいい度胸してるな」


額に青筋を立てながら詰め寄る杉元くんに臆することなく白石さんは「貧乏くさい連中がいると思ったらお前らか」とズボンのポケットに両手を突っ込みながら輩のようにひょこひょこと歩いて来た。

いつから成金キャラに転職したのさ。

『白石さん、借金をほっとくと痛い目にあうよ?しかも頭に何付けてるの?』

よくわからないが白石さんは頭に木の棒を何本も括り付けて鹿のようになっている。なんならそのうちの1本だろうか、タバコのように口にくわえている。

「あ〜?借金?いくらだったかなぁ〜?」

そう言って白石さんは懐から札を取り出して「2円?3円?」といやらしくお金を数える。

そしてそれを「おら拾え!」と地面にバラまいた。

お金を粗末に扱う白石さんに怒りを覚えたけどグッと堪え、杉元くんが拾い損なった1枚が足元に飛んできたからそれを拾って杉元くんに渡した。

急な成金嫌味キャラにも驚きだけど、おそらく勝ったんだろう。インカラマッさんにどの馬が勝つか聞いたんだろうなぁ。

でも物事そんなにうまく行くだろうか。


「目を覚ませ白石!!」と白石さんの膝に制裁棒を叩きつけるアシリパちゃんの声を横に考えていると「また会えましたね」とインカラマッさんが近寄ってきた。


『白石さん、お金と女好きなのがたまに傷っぽいけど誑かして楽しいですか?』

「誑かすなんて人聞きが悪いですね、私はシラッキカムイの導きを彼に伝えただけです」

ニコリと笑う彼女に内心胡散臭いなぁと思いながら適当に返すと「なまえさんでしたっけ?」と名前を呼ばれ返事をするも違和感を感じた。

私、この人に名前を教えたっけ?

白石さんが教えたっていう可能性もあるけど。

「貴女の事を狙っている人達と近々遭遇するでしょう。身の回りには気を付けてください」

『…本当に見えるの?』

「多少は。でも貴女の場合モヤがかかってわからない部分もある。不思議な力をお持ちの様ですが、その事は信用している人だけに話すべきだと思います。その力を求めて争いが起こるかもしれない」

「用心棒さんはそばにいるようですが…」と杉元くんをチラッと見ると白石さんに呼ばれインカラマッさんは「それでは」と笑みを浮かべてその場を立ち去った。

肯定はしなかったけど、どうやら彼女の見えるというのは本当なのかもしれない。

昨日「予定は中断すべき」と言っていたがあながち間違っちゃいないんじゃ…。

そこまで考えて頭を横に振って考えを消した。

悩んでも行くことは決定してるし、危険なのは今更だし。ただ彼女の言葉に従うのはちょっとアレだけど、個性の事や私の身の上の事はこれ以上言わないようにしよう。

別にキロランケさんを信用してないということではないけど。






『あれ?白石さんは?』

「なまえさん。アイツならあの占い女がまた馬を占って馬券買いにいった」

『う〜ん、白石さんいつか身を滅ぼしそうで心配だよ』

杉元くんと共に「はぁ」と溜息をついた。


「おい」

『え?あれ…?』

声をかけられ振り向くとそこにはキロランケさんが立っていたけど、服装が変わっていて何よりトレードマークの髭がなくなっている。

『キロランケさん何してるの?ていうか髭は?!いやかっこいいけど!!』

「ははは、ありがとうなまえ。どうやら馬に乗る騎手が居なくなっちまったみたいでな、代理を頼まれた」

「というわけで最終レースで3番の馬に乗る。お前ら儲けたければ俺に賭けろ、俺が勝つぜ」と言ったキロランケさんにいつの間にか帰ってきていた白石さんは「3番の馬ぁ?」と何やら紙と睨めっこしている。

「確かに3番の馬は2着予想とされてる強い馬だ。でもキロちゃん俺らよりも背が高いし不利なんじゃねぇの?」

競馬のことはよくわからないけど、普通に考えて馬も乗せるなら軽くて小柄な方が走りやすいだろう。でもキロランケさんは小さい頃から馬に乗っているし詳しく戦争中も馬の世話係をしていたらしい。

俺が勝つと言った自信も、馬のことをよくわかっているからこそなんだろうなぁ。

しかしどうしても信じられないのかもはや取り憑かれているのか、白石さんはインカラマッさんに占いをお願いしていた。

インカラマッさんは「わかりました」と懐からまたあの頭骨を取り出して占いをする。

下顎の骨は私たちの行く末を見てもらった時と同じように歯を下にして地面に着地した。

「シラッキカムイが3番は勝たないと言っています」

すると私の横でその光景を見ていたアシリパちゃんは「白石」と声をかけた。

「もうその辺りでやめておけ、占いというのは判断に迷った時に使うものだ。私たちの旅路に迷いはない。だから占いも必要ない」

『私もそう思う。確かに不安はあるけど…行くのはもう決定してるしね。だから白石さんもう賭け事はやめよう?』

「……」

白石さんは考えるような表情を浮かべていたけど、インカラマッさんが「シラッキカムイは6番が勝つと示しています」と言った事によりすぐに目の色を変えた。

「全額賭けてきます!!!」

『あ!!』

「白石この野郎!!爆薬を買う金ぐらい残しとけ!」

走り出そうとした白石さんは杉元くんに拘束されたが「やだ!!俺は勝負するんだ!!インカラマッ様買ってきて!!」とそばにいたインカラマッさんに大金を渡した。

止めなきゃと思うも時遅し、彼女はあっという間に人混みに消えていった。

「みょうじ、私はあの女を追うからここはお前に任せた」

『わかった!気を付けてね!』


アシリパちゃんもインカラマッさんを追って人混みに消えて行った。


「いだだだ」

「こら暴れんな白石」

杉元くんは白石さんを地面に押し付けて身動きが取れないようにしていた。

「なまえちゃん〜助けてよ〜」

『ごめんね白石さん、私もアシリパちゃんの考えに賛成だし、ギャンブルは程々にしよう?どうしてもギャンブルしたいなら私が考えてあげるからさ』

「なまえさん、考えるって何を?」

『賭け事。ロシアンルーレットとかどう?同じ拳銃を何丁か用意して1つにだけ弾をこめておいてさ、自分の好きなのを選んで銃口を顳顬にあててせーので引き金を引くの。ドキドキするでしょ?』

「なまえちゃん…それって下手したら死んじゃう…」

表情を引き攣らせる白石さんに私はニコリと笑みを浮かべる。

『うん、賭け事ってそういうものでしょ?』

悪いが私は怒ってるんだ。

だけどキロランケさんに「その辺りにしておけ」と止められた。杉元くんを見ると彼も顔を引き攣らせていた。やり過ぎた。

「杉元!!お前は金が必要だから北海道に来たんだろう!いくら必要なんだ?!」

再び暴れ出した白石さんは杉元くんにそう声を荒げた。

「金塊じゃないだろ?!命なんかかけなくても目の前に金を稼ぐ方法があるじゃねぇか!!」

やはり白石さんは昨日のインカラマッさんの占い結果を気にしてたんだ。

杉元くんは、親友さんのお嫁さんが目が悪いからその治療費を稼ぎに北海道に来たと前に教えてくれた。

でも、お金が手に入ったから一件落着!ってなったら、あの子はどうなるの…?

「…必要な額の金が手に入ったからいち抜けたなんて、そんな事…」

杉元くんは白石さんの胸倉を掴みその手に力込める。

「俺があの子に言うとでも思ってんのか!?」

『……はは』

杉元くんらしい答えに安心して思わず笑いが溢れた。

「必要な金額が入ればそれはそれでいい。でも俺はアシリパさんの事を置いて東京に帰るなんてしない。それに」

杉元くんがこちらに顔を上げてぱちりと目が合う。

「なまえさんの事も、見捨てない。俺たちは仲間だ」

そうだろ?と笑う杉元くんに私は『うん!!』と大きく頷いた。