#24




(どうしよう…)

私、なまえは現在非常に困っている。







あの後土方さんにいただいたお小遣いを握りしめて銭湯に行き、汚れた体を洗い流した。

同じく煤だらけだった尾形さん、杉元くん、白石さんも一緒に行ったのだけれど、杉元くんが尾形さんとは一緒に入りたくないと言い出し、それに対して尾形さんも「ははぁ、自分のイチモツにそんなに自信がねぇのか一等卒」と煽るもんだからそこで殴り合いが始まりそうになり、またかと頭を抱えていると「なまえちゃん先に行きな〜」と気をきかせてくれた白石さんにその場を任せ、私はさっさと身を清め剥製所にも先に帰った。

中に入りまず土方さんにお礼を伝えると満足そうに笑い頭を撫でられた。先程杉元くんに向けていた殺気は今は1ミリも感じられない。

工場の中はいい匂いで満ちていてどうやら家永さんが食事を作ってくれているようだ。

家永さんも病み上がりだろうに何から何まで申し訳ないなぁ。

なんて思っていたら玄関の方が騒がしくなり尾形さん達が帰ってきたことがわかった。

そして食事の準備ができたと家永さんに案内されたのは長テーブルの置いてある広い部屋。

テーブルの上には大きな鍋料理。パッと見た目はモツ鍋のような。

『わぁ!家永さんありがとうございます!美味しそう』

「なまえさん、喜んでいただけてよかったです。さぁ座って下さいね」

そう家永さんに椅子をすすめられ空いていた杉元くんの隣に座ろうと椅子を引いた時、その腕を掴まれた。

『えっ』と驚いて顔を上げるとそこには無表情の尾形さん。

『尾形さん?どうしました?』

「……」

声をかけても何も言わない尾形さんにどうしよう…と思っていると、杉元くんが「おい」と尾形さんに声をかけた。これはヤバイ気がする。白石さんの方にチラリと目を向けるとまたかよ〜とでも言うように頭を抱えている。

「なんだ一等卒」

「なんだじゃねぇ、なまえさんが困ってんだろうが。手ぇ離せよ」

そう言って尾形さんを睨みつける杉元くんに尾形さんは私に目を向けると「困ってんのか?」と尋ねてきた。困っているかと言われれば別にそうでもないけど、困惑はしている。

『困ってはないけど、尾形さんどうしたの?あ、もしかして杉元くんの横に座りたかった?』

「阿呆か、お前は第七師団の人間だろ、こっちに座るべきだ」

尾形さんはそのまま私の腕を引くと反対側のテーブルまで連れて行こうとした。けれど、もれなく反対側の腕を杉元くんに掴まれ「ちょっと待て」と尾形さんを睨みつけた。

「なまえさんはここに座ろうとしたんだから邪魔すんな、それにお前もなまえさんももう第七師団じゃねぇだろ」

「あ?てめぇには関係ねぇだろ、それともなんだ惚れたか一等卒」

『ちょ、2人とも落ち着いて…』

杉元くんも尾形さんも睨み合って腕に力が入り、自動的に掴まれた私の両腕も握り締められる。

あれ、私、死ぬ?死ぬ??

ヘルプ!と白石さんを見ると「2人ともやめなよ〜なまえちゃん困ってるよ」と止めに入ってくれた。
しかしそんなことで止まるわけもなく、振り解こうとしてもさすがは軍人、2人ともびくともしない。


「いい加減にしろお前ら!みょうじが困ってるだろ!」

どうしたもんかと困っていると声を荒げたのはアシリパちゃん。彼女はテーブルの真ん中、つまり鍋の目の前に座っている。その口元には涎、お腹が空いているのにさらに中々席につかない私たちに痺れを切らしたようだ。

「アシリパさん〜だってコイツが…」

「だってじゃない!杉元はそこに座れ!尾形はあっち!みょうじは特別に私とちんぽ先生の間だ!」

そう言ってテキパキと席を決めるアシリパちゃんはとても男前で、尾形さんもさっと私の腕を離すと大人しく指定された椅子に座った。

杉元くんも渋々といった感じだったが相棒の言うことには逆らえないのかそのまま元々座っていた椅子に腰掛けた。


漸く落ち着いて席についた所で家永さんはその鍋を「なんこ鍋」と言った。

『なんこ鍋?初めて聞きました!』

「なんことは方言で馬の腸という意味です。夕張を含む空知地方の郷土料理で炭坑夫の間で
広まったそうですよ。腸を味噌で煮た所謂モツ煮ですね」

「馬」と聞いたとたんキロランケさんがブッと噴き出していた。後から聞いた話、馬は食べるのは苦手だそうだ。

馬の腸は私も初めてだけど味噌で煮込んでるし何よりいい匂いだしもう我慢できない。

「「『いただきます!』」」

みんなの声が揃い食事の時間が始まった。

『なんこ鍋ヒンナヒンナ、これでお酒があったらさらにヒンナだったのになぁ』

「そういえばなまえは酒が好きだったな、中々お前さんみたいに飲む女はいないからな、また一緒に飲もう」

『牛山さんもよく飲まれてましたもんね、ぜひ飲みましょう』

鍋の中身も底が見えるようになりすでに食後のお茶を楽しんでいる人もいる中、本題は先ほどの話に戻った。

すると杉元くんは尾形さんや土方さんを見つめ「お前らさぁ…」と声をかけた。

「その顔ぶれでよく手が組めてるよな、特に鶴見中尉の部下だった尾形…」

尾形さんは気にしていないようだったけど自分の名前を呼ばれ意識を杉元くんに向けた。

「一度寝返った奴はまた寝返るぜ」

へっと笑った杉元くんに尾形さんは持っていた碗と箸をテーブルに置いて「はぁ」とため息を吐いた。

「杉元ぉ、お前には殺されかけたが俺は根に持つ性格じゃねぇ、でも今のは傷付いたよ」

尾形さん絶対に根に持つ性格っぽいのに意外だ。そう思っていると尾形さんはこちらにも目を向けた。

「それにそれはなまえも同じって事だろ?一応コイツも脱走してきたんだからな」

『私は尾形さんみたいに非行に走ろうとしたわけじゃないんだけど…』

「うるせぇ、それに非行じゃねぇ」

「なまえさんはお前を探すために脱走したんだよ、巻き込んでんじゃねぇよ」

「もぅお前ら食事中に喧嘩すんなよ」

白石さんの言葉により杉元くんは「ふんっ」と碗の残りを口の中にかき込んで、尾形さんは舌打ちをして前髪を掻き上げた。

すると食後のお茶を楽しんでいた土方さんが「いずれにせよ…」と話し始めた事により皆の意識はそっちに向いた。

「炭坑内に月島軍曹の死体が無いか確認するまでは夕張からは動けんが、死体が無ければ絶対に判別方法を見つけなくてはならなくなる」

月島さんが生きて炭坑を抜け出していれば偽者は間違いなく鶴見さんの元に渡ってしまう。

そうなってしまえば大混乱に繋がるけど、そう簡単に判別方法は見つかるんだろうか…

「あの…私、見分けられる人物に心当たりがあります」

そう言って手を上げたのは家永さん。

熊岸長庵くまぎしちょうあんという男です」

そう言った家永さんに白石さんも覚えがあったらしく「あの贋札犯か!」と声を上げた。

家永さんは昔から絵画が好きで美術商を通して熊岸さんと知り合ったそう、熊岸さんは贋札作りで有名だけど美術家でもあった熊岸さんはあらゆる美術品の贋作を作ってきた贋作師でもあるそうだ。

『たしかに、物は違っても偽物を作ってきた人になら何か違いがわかるかもしれないですね…』

「なまえさんの言う通り、あの男なら何か判別方法を知っているかもしれません。熊岸は今月形の樺戸監獄に収監されています」


次の目的地は樺戸監獄。網走監獄に行く前に別の監獄に寄り道するのはちょっと怖いけど、予行練習だ。



そこから食卓を片付ける家永さんの手伝いをして尾形さんと土方さん以外の皆は炭坑に月島さんの死体を確認しにいった

洗い物で冷えた手をてぬぐいで拭いて擦り合わせていると背後から「なまえ」と名前を呼ばれ振り向いた。

『尾形さん、どうしました?』

そこにいたのは尾形さんで、食事の時とは違いトレードマークの外套を羽織り肩には相棒の銃をかけている。

「さっき杉元が言ってた事…悪かったとは思っている」

『え?』と首を傾げるとどうやら尾形さんを追って出てきた私の事に多少責任を感じているようだ。

『尾形さんそんなこと気にするんですね、明日は槍が降るかもしれませんね』

「バカにしてんのかテメェ」

眉間にシワを寄せる尾形さんに『冗談ですよ』と笑うと「チッ」と舌を打った。

『尾形さんが気にしなくても、私が抜け出したのは私の意思ですから』

「ははぁ、お人好しも大概にしないと騙されますよなまえ先生」

尾形さんは髪を後ろに撫で付けながら言った。ちなみに尾形さんが私のことを「なまえ先生」と呼ぶ時は大抵バカにしている時だ。なんだかわかってきた。

『お人好しというかなんというか…尾形さんだから?』

別に誰彼構わずついて行くわけでも無いし…まぁ個性は誰にでも使うけど、お人好しと言われるほど人に甘いわけでもない。

何も言わない尾形さんを見ると何故かピシリと固まり猫の目のように瞳孔を細めていた。だからそれどうやってやってるんだってば。

「お前それは素か?それとも同情か?」

『同情なわけないでしょ、素ですよ素』


『同情だけでヒーローは務まりませんから』そう言うと尾形さんは「はぁ」とため息を吐いた。

『あの日尾形さんを助けたのも尾形さんを追って第七師団を抜けたのも全部私の意思ですからね、考える前に体が動いていたんです』

そう言って私の世界のスーパーヒーローの真似をしてニッと歯を見せて笑うと、尾形さんは一瞬呆気に取られた表情をしてすぐに「ふっ」と笑うと「やっぱりお人好しだな」と言っていつかのように私の額にデコピンをした。






ーーーーーーーーーーーーーーーー

『いったぁぁああ!』

「ははぁ、その顔やっぱりブスだな」