#28



月形へ向かう道中、今日も何箇所目かの野営地で野営をすることになった。

アシリパちゃんによるとそろそろコタンがあるはずだと言っていた。野営には少し慣れつつもあったし皆一緒だから苦痛には感じなかったけど、やっぱり寝るんだったら屋根のある場所で寝たい。

すでに横になりうとうとしているアシリパちゃんの邪魔をしない様に『川に言ってくるね』とだけそばにいた杉元くんに声をかけ、牛山さんも尾形さんもすでに目を閉じていたから起こさない様に極力音を立てず手拭いを持って川に来た。

お風呂に入らず体を拭くだけの生活にも慣れた。もう少し季節が良くなったら泳げるかもしれない。海とはまた違った大自然で泳ぐのはまた違った気持ち良さがありそうだ。

体を拭いて脱いでいたアットゥシを着直して近場にあった大きめの石に腰掛ける。

そのまま顔を上げると空にはプラネタリウムのような星空が広がっていた。

『この星空はここでしか見れないな』

都会では決して見えない星の光にため息が漏れた。

すると背後からザリッと石を踏む音がして振り返った。

『尾形さん』

足音の正体は尾形さんで、無言のまま1人分スペースを空けて横に座った。起こしてしまったかな?

『すみません、起こしてしまいましたか?』

「…アシリパのいびきで目が醒めた」

そう言って尾形さんは眉間にシワを寄せ眠そうに目を細めている。

その光景を思い浮かべてふっと笑みが溢れた。


『アシリパちゃん、本当にすごいですよね…まだ小さいのに凄くしっかりしてる』


この旅だって一番若いのに一番先頭に立って私たちを先導してくれている。


『尾形さん、私に、えっと…例えば武器とかって使えると思いますか?』

「思わんな」

『即答…』

がくりと項垂れると「必要ねぇだろ」と尾形さんは言った。

『私も守りたいなって思って…』

「……」

尾形さんは何も言わずその場には川の流れる音だけがしずかに聞こえる。

すると尾形さんの「じゃあ聞くが」という言葉で沈黙が破られる。

顔を向けると月と星の明かりで薄暗い中、尾形さんの吸い込まれそうな黒い瞳と視線が合った。

「お前、その武器を持って人の命を奪えるのか?」

『それは…』

「じゃあ今ここで俺があいつらを襲ったらどうする?」

そう言って尾形さんは少しの笑みを浮かべて焚き火の方指差した。

そこにはアシリパちゃんと、杉元くんそして牛山さんの姿。

『なっ』

「俺は狙撃手だ。ここからなら十分あいつらを殺せるが…」

「さぁ、なまえ。お前はどうする?」と尾形さんはニヒルな笑みを浮かべて肩に掛けていた銃に手をかけた。

もちろん私は丸腰で個性も戦い向きじゃないから何も出来ない。尾形さんはこちらにジッと視線を向けている。

こういう場合、ヒーローならどうする?周りのヒーローはどうしてた?

というか何でこんな話になってんの?

たしかに話を振ったのは私だけども、その所為で今仲間が狙われている。

だめだ、このままグズグズしていると尾形さんは本当に撃つかもしれない。

いや、きっと躊躇いもなく撃つ。尾形さんはそういう人だ。


「おいそろそろ時間切れだぞ」


時間なんか最初から決めてなかったくせに!と心の中で叫ぶも頭の中は大パニックだ。

そして尾形さんは銃を構えた。

『っ!!!ダメ!!!』

その瞬間、グッと拳を握りしめ尾形さんの方に飛び掛かった、というかほぼ体当たりだ。

「!?」

『うわっ』

無計画で飛び出したからそのまま倒れ込んだ。尾形さんも私の行動が予想外だったのか目を見開き銃を離してその場に倒れ込んだ。

『っ〜…イタタ…すみませ…ヒェッ』

体を起こして目を開けるととんでもない光景が目の前に広がっていた。

「テメェ、殺すぞ」

尾形さんは表情こそニコリとしているけど地を這うような低い声に思わず情けない声が漏れた。

そう私の下には尾形さん。思い切り押し倒していた。

『すすすすすみません!すぐ退きますから!ヒッ』

「はぁ、静かにしろ、アイツらが起きるぞ」

尾形さんから退こうとすると腕を掴まれ変な声が出たけど、ハッとして口を噤んだ。起こしてしまうのもアレだしそれ以上に今の状況を見られては変な誤解が生まれそうだ。なんて言ったってまるで騎乗……

尾形さんは私の腕を掴んだまま腹筋だけを使って上半身を起き上がらせた。

『ちょ…待ってこの格好めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど』

「ははぁ、何想像してんだ助平」

『ち、違います!!』

今私は尾形さんの膝の上に対面で向き合うように座らされている。アットゥシの丈は長いけどこんな格好をしては下着が丸見えだ。この年になってそんな痴態は晒したくない。

なんとか膝から降りようとアットゥシの裾を押さえながら考えていると尾形さんはもう片方の手を私の腰に回した。その際に軽く撫でられ腰がゾクリとするのと同時に変な声が出そうになったけど慌てて飲み込んだ。

「アホだとは思っていたがそれ以上だったな、銃を持っているやつに飛びつくのは自殺行為だぞ」

『だ、だって…体が勝手に動いてしまって』

「お決まりの考えるより先に体が動いていたってやつか?度胸だけは認めてやる。だがな、お前の世界じゃそれは通用するかも知れんが、ここではもっと慎重になれ、死ぬぞ」

「まぁ早死にしたいなら止めんがな」と尾形さんは鼻で笑った。

『……強くなりたいって思っちゃダメなんですかね?』

「あ?」

『いつもそう。私の周りの人たちは敵から人々を助けているのに、私はいつも見てるだけだった。傷付く前に助けたいのに私の前には常に傷を負った人ばかり』

「……」

こんなこと尾形さんに話しても迷惑になるだけ、そう頭ではわかっているのに何も言わずこちらを見つめる尾形さんをいい事にどんどん言葉は溢れてくる。

『ここに来てもそう、結局守ってもらってばかりで何も出来ないのが悔しいんです』

剥製所でもそうだ。あの時尾形さんが来なかったら私は紙屋さんに殺されていた。自分の身すらも守れない、改めて言葉にすると悔しくてぽろっと涙が溢れた。

すると尾形さんは「はぁ」とため息を漏らした。

「俺がまだ病床にいる時、死についての価値観の違いで言い合ったのを覚えてるか?」

『っ…はい』

「そん時も思ったんだがな、お前の涙は調子が狂う」

『え?』

尾形さんは私の腕から手を離しその手の親指にガリっと犬歯を立てた。

『お、尾形さん?』

尾形さんの行動に目を見開いていると尾形さんは私にその指を突き出して「治せよ」と言った。

この光景には覚えがあった。尾形さんに初めて個性の話をした時にも尾形さんは同じ事をした。

ジッと見つめてくる尾形さんの手を取って親指の先にキスして個性を使う。

すぐに治癒は終わり尾形さんの親指の傷は何事も無かったかのように綺麗に消えた。

尾形さんの意図がわからず『終わりましたけど…』というと尾形さんは自分の親指を見つめて「大したもんだな」と言った。

「お前さっき自分は守れない何も出来ないと、そう言ったな?」

『はい…』

「ならそのお前に命を救われた俺の立場はどうなる?」

尾形さんの言葉にハッとした。その表情は真剣だった。

「お前の世界では当たり前のその力はこの世界では異能だ。現に鶴見中尉もそうだが誰だって欲しがる能力だ。銃を使う奴はいくらでもいる、牛山みたいに拳で戦うやつもいくらでもいる。だけどなお前のその治癒って能力はお前しか使えないんだ」

「治癒方法に問題ありだがな」と尾形さんは私の頬に手を伸ばし親指で唇をなぞる。カサついた親指がくすぐったくて「ん」と息が漏れた。

「お前の周りの奴らがどんな奴らかは知らんがな、一緒である必要はないと思うぜ?」

『っ…』

まさか尾形さんの口からそんな言葉が出るとは思わず先ほどよりも大粒の涙が溢れた。

尾形さんは「だから泣くな」と言って乱暴に目尻の涙を拭われた。これもなんだかデジャブだな。

『尾形さんって実は優しいですよね、普段隠してるけど』

「ははぁ、俺はいつだって優しいぜ?」

『杉元くんとよく喧嘩してるじゃん』

「してねぇ、アイツが突っかかってくるだけだ」

『子供』と言うと尾形さんは「あ゛?」とコッチを睨んできたけど、ふふっと笑うと怪訝そうに「なんだよ」と言った。

『尾形さんのこういう優しい所を知ってるのが私だけだったら嬉しいな、なんて思っちゃいました』


そういうと尾形さんは瞳孔をキュッと細めた。本当にそれどうやってるんだろう。


「はぁああ」

『えっなんですかそのため息』

「うるせぇ…オラ、どけ。重いんだよ、それともこのまま突っ込まれたいか阿婆擦れ」

『はぁあ!?サイテー!!自分で拘束しておいてなんですかその言い草!女子にいう言葉じゃないですよね!?』

「だから自分で女子はやめとけと言っただろ」

『またそれ!もう知らん!』

先に戻って尾形さんのスペースも陣取って大の字で寝てやる!

「おいなまえ」

尾形さんの上から立ち上がろうとしたところで名前を呼ばれ再び腕を掴まれた。『何ですか?』と尾形さんを軽く睨むと「はは、やっぱりその顔ブスだな」と笑われた。

またこの男は!と反論しようとしたけど、それ以上言葉は出なかった。

尾形さんは私の腕をぐいっと自分の方へ引き寄せるとそのまま唇にキスをした。

『んっ!?』

突然の事に驚きながらも尾形さんどこか怪我してたっけ?と考えていると、感じた事のない感触が唇に這う。

『っ…ん、ちょ…んん』

それが尾形さんの舌だと気付いた時にはすでに遅し。逃げようと腰を後ろ引くとすぐに腰に手を回され引き寄せられる。腕を掴んでいた手は私の後頭部に添えられいよいよ逃げ場がなくなった。

唇の隙間から尾形さんの舌が入り込んできて歯列をなぞられる。こんなキスは初めてで、でも嫌悪感は無くされるがままに自らも恐る恐る舌を差し出すとすぐさま尾形さんの舌が絡んできた。

時折聞こえる尾形さんの吐息と舌の絡み合う感触に腰の奥がゾクゾクとした。

(なにこれ、ナニコレ!?)

尾形さんの外套をギュッと掴んだところで漸く唇が離され『はぁッ』と甘い吐息が漏れた。

「阿婆擦れでも、お前みたいな女は嫌いじゃない」

尾形さんは満足そうに笑って前髪を掻き上げた。


『……』


言いたいことは沢山あったけど、そのただならぬ色気になにも言えず『ありがとうございます…』と、私は何故かお礼を言っていた。