#29




※杉元視点
※杉元くんの愛読書は『少女世界』




朝からおかしい。

何がおかしいって、俺たちと一緒に旅をしてるなまえさんの様子がおかしい。



なまえさんは最初は信じられなかったけど、今から100年以上先の令和という時代からきた女性だ。

しかもそれだけで無く【個性】という不思議な能力を持っている。

それもなまえさんだけじゃなくて、ごく一部の人間を省いてほとんどの人間が不思議な力を持っているんだとか。

他にどんな個性があるのか聞いたら、手から火を出したり爆発させたり、色んな個性があるらしい。

なまえさんの個性は『治癒』という個性で傷を治したり、相手の症状を緩和する事ができるすごい力だ。

まぁ、治癒の仕方は未だに慣れないけど…。

現に初めて会った日に実際に俺の指を治癒してもらったし、崖から落ちた尾形を助けたのもなまえさんだ。

だけどたまに無理をしすぎる事があって日高でヒグマと戦った時、顔面を引っ掻かれて大量に出血した俺を治癒で止血したなまえさんは個性を使いすぎて気を失い何故かそのままなまえさんの体も消えてしまった。

どういう仕組みかはわからないけど、力を使い過ぎるとまた同じような事が起こりうる可能性も十分ある。

なまえさんは梅ちゃんと寅次の話もちゃんと聞いてくれて俺のことを、なんだっけ…そうヒーローと言ってくれた。

出会った時こそ少し乱暴な事をしちまったけど今ではアシリパさんと同じく大切な仲間だ。

そんななまえさんは元々第七師団の鶴見中尉に拾われて、その兵舎から脱走してきた。今もその身柄を狙われている。

俺はなまえさんを守ると決めた。



んだけど…



そのなまえさんが朝からおかしいんだ。

何がおかしいかって言われたら、うーん…全部。


今朝の朝飯は昨晩の残りのオハウを温め直して食べたんだけど、いつもなら『ヒンナヒンナ』と嬉しそうに食べているなまえさんが今日は『いただきます』と言ってからずっとぼーっとしながらオハウを食べて『ご馳走様でした』と手を合わせて非常に坦々と食事を済ませてさっさと食器を洗いに行ってしまった。

途中アシリパさんに「みょうじヒンナか?」と聞かれてもなまえさんは頷くだけだった。

アシリパさんが「みょうじ様子が変だったな、オソマか?」と言っていたから俺は「アシリパさん!お下品だからおやめなさい!」と言って碗に残ったオハウの残りを胃に流し込み「ご馳走さま!とってもヒンナでした!」と言ってなまえさんの後を追いかけた。

その時尾形からの視線が何故か痛かったけどいつものことだ、アイツは好かん。



「なまえさん!」

『…杉元くん?』

なまえさんの後を追うと彼女は川のそばに座っていた。

「なまえさん何か悩み事?俺で良ければ聞くけど」

『え?そんな風に見えた?』

なまえさんは俺の言葉に首を傾げた。

「うん、ずっとボーッとしてたし一点しか見てなかったし…昨日はそんなんじゃなかったよね?夜に何かあったのかい?」

もしかしたら前の世界のことでも思い出して寂しくなったりしちまったのかなとか思ってそう言うと「昨日の夜」と言った途端、なまえさんの顔がボッと真っ赤に染まった。

え?

するとなまえさんはズイッと顔をコチラに近付けてきた。近い近い!

何!?昨日何かあったのかよ!?


「ちょ、なまえさん!?」

『杉元くん…』

「は、はい!」

距離も近いこともあって緊張した俺は思わず敬語で返した。

『接吻って、どういう時にする?』

「ヘ!?」

せせせせ接吻!?

「そ、そりゃ、愛情表現とか…」

俺が密かに愛読している本にはそう書いてあった。正直俺の初めての接吻相手はなまえさんだからよく知らないし、それ以外がもあるのかもしれないけど。

尾形がなまえさんの事をたまに阿婆擦れって呼ぶ事があって、本当に腹立たしいけど確かにこの時代なまえさんみたいに色んな人に接吻をする人はそういない。

『愛情、表現…』

「逆にさ!なまえさんはどういう時にするの?」

心なしかなまえさんの目が怖くて逆に話を振ってみた。

するとなまえさんは『治癒する時』と言った。

「なまえさんは好きな人とかいないの?その人としたいとか思わないの?」

『それが分からなくて…今悩んでます』

つまりなまえさんは好きな人がいて、でもその気持ちが本物なのか分からないってことか。この手の話は嫌いじゃない、むしろ好きだ。

にしても昨日の今日でってことはなまえさんのいう相手って……

「まさか…牛山?」

女が好きって言ってたしまさか襲われたとか!?

『いやいや!!違くて…!…お、尾形さんなんだけど…あ、そのまだ好きとかわかんないよ!?』


「は」

おがた…尾形ぁ?!

いや確かに2人は同じ元第七師団だしなまえさんは尾形の健康管理を毎日してたって言ってたし、接点はあるけども。

「えぇ…あのコウモリ野郎のどこがいいわけぇ?」

『コウモリ野郎?何それ、尾形さん木からぶら下がったりするの?』

いや逆にその発想が何それだよ、なまえさん。

『尾形さんにね、私も人を守れるようになりたいって相談したんだよね』

なまえさんの話によると武器を持ちたいって言った彼女に尾形はその武器で人を殺す覚悟はあるか聞いてきたそうだ。
しかも寝ている俺たちに銃を向けて脅してきたとか。やっぱりアイツはいつか殺す。

『そしたら尾形さんがね、お前はお前にしかない力を持ってるんだからそれで守れって、みんな一緒じゃなくていいって言ってくれたんだよね』

あの尾形がそんな事を言うなんて俄かに信じがたいけど、どうやらなまえさんの心にあったモヤモヤは取れたみたいだからそこは褒めてやろう。

本人には死んでも言わねぇけどな。


「え、でも接吻の話関係あった?」

『もう!ここからだよ杉元くん!』

「えぇ〜早く早くぅ〜」

最初こそぼけっとしていたなまえさんもいつもの調子を取り戻し、2人でキャッキャと話に花を咲かせた。


『尾形さん私には涙は似合わないって言ってくれてね、そのあと色々あってキスされた』

「待って!前半はわかったけど後半何があったの?!」

というかあの野郎、何事もなかったかのようにしてたくせになまえさんになんて事してくれてんだ!

『でね、阿婆擦れでもお前みたいな女嫌いじゃないって言われたんだよね』

「なまえさんそれ割と悪口だってわかってる?あ、そんなに頬っぺた染めちゃって可愛い!!じゃなくて!!わかってないねコレ?わかってないでしょ!?なまえさん!?」

『尾形さん不器用だから…』

「好きじゃん!もうソレ好きじゃん!」


クソ!!応援してあげたいけど相手があのコウモリ野郎だと思うと素直に応援できねぇ!!

なに考えてるかわけわかんねぇし!一回裏切ったやつはまた裏切るし!何より俺アイツ嫌いだし!!


そこでふと先程の尾形を思い出した。

アイツに至ってはさっきも言ったが普段から何を考えているか分からんから特に気にしなかったが、アイツもしょっちゅう一点を見つめてなかったか?

大体アイツから見て焚き火を挟んで斜め前くらい。そこに座っていたのは…


『さっきも尾形さん、火を挟んで斜め前に座ってたからなんだか気まずくて…』

そうだアイツの視線の先にはなまえさんがいた。

そしてさっきなまえさんを追いかけようとした時、アイツに睨まれた。それもまあまあ睨まれた。


え…そういうこと?


『ね〜杉元くんは何も思ってない人にキスする!?』

「うぇ?!」

『ちょっと今杉元くんに接吻してもいい!?昨日と同じような気持ちになるか確かめるから!』

『なんだったらちょっと怪我する?治癒するよ?』と迫ってくるなまえさんはとても怖かった。

「ちょっ、落ち着いてなまえさん!」

迫ってきたなまえさんの肩を押して体を離す、その瞬間顔の真横をシュパァッ!と何かが通って行った。弾丸だ。

姿こそ見えないが、ここで発砲してくるってことは、おそらくアイツだ。


そこでアシリパさんが俺たちの事を呼ぶ声が聞こえてなまえさんは『あ、アシリパちゃんに朝のこと謝らなきゃ…!杉元くん戻ろう』と俺の肩から手を離して立ち上がってくれたから俺の貞操は守られた。

アシリパさんありがとう、俺ずっと付いて行く。


先に行くなまえさんの後を追って皆の所に戻ると尾形と目が合った。

その瞬間「チッ」と舌打ちをされた。普通に腹が立ったからいつも通り突っかかって行きながらも頭の片隅でこう思った。


あ。コレ、めんどくせぇやつだ。


でも先にも言ったけど俺はこの手の話は嫌いじゃない。

なまえさんの想う人がこのクソ尾形ってことが気に食わねぇけど、今後どうなるかそばで観察してみよう。


そのまま喧嘩勃発しそうになったけどアシリパさんがストゥ(濫用禁止)を取り出したから収束し大人しく出発する支度をした。





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恋(?)のお話でした。