#30



「見ろみょうじ!コタンがあるぞ」

『本当だ、でも樺戸ってもうすぐなんだっけ?』

アシリパちゃんが指さす方にはコタンが見えた。

「確かにもう少しだがみょうじも野営続きで疲れただろう。私も疲れた。休ませてもらう」

『確かにずっと続いてたもんね、アシリパちゃんも先導ありがとう』

「この村にもアシリパさんの親戚がいるの?お婆ちゃんの15番目の妹とか?」

杉元くんは「うふふ」と口に手をあてて笑っている。『杉元くんさすがにソレはないんじゃない?』と同じように笑うと「え〜?」と返してきた。

杉元くんに今胸の中にある「悩み」を打ち明けてから杉元くんとはよく話すようになった。意外と乙女チックな所があるみたいでこの手の話をする時は同世代の女子と話している気分になる。ソレを言ったら「俺一応不死身の杉元っていう女子とはかけ離れた通り名があるんだけど」と言われた。よく存じております。

でもそういうギャップっていいと思うんだよね。杉元くんも早く梅ちゃんさんの所に行けるといいなぁ。親友の寅次さんのためにも。

「フチの15番目の妹は釧路にいる。この辺に親戚はいないしはじめてきた」

あ、本当に15番目の妹さんいたんだ。

するとチセの中から1人の男性が出てこられてこちらに近付いてきた。

「やぁ、こんにちは、何の用だい?」

『こんにちは、はじめまして』

頭を下げて挨拶をするとその男性も会釈をしてくれた。

「旅の途中に寄っただけだ、今晩の寝床と米があれば少し分けて欲しい。もちろんタダでとは言わん」

牛山さんがはなしをしてくれて不審者でないことは証明できたようだ。彼の名前はエクロクさんと言ってアイヌだけど流暢な日本語を喋る。杉元くんはそれが気になったらしく訪ねると、エクロクさんは昔和人相手に荷揚げの仕事をされていてそこで覚えたそうだ。

すると村の一角に見慣れないものがありそれが目についた。

『牛山さん、あれなんですかね?』

「ん?なんだありゃ…」

牛山さんもわからないようで首を傾げる。それは丸太で組まれた檻のようなもの。直接地面に付いているわけではなく昔の高床式倉庫のように4本の柱で支えられている。

「あぁ、あれは子熊を入れておくためのオリだよ」

さすが杉元くんアイヌの文化には詳しいようだ。でも子熊の檻って怖いなぁ。しかもなんかギシギシ揺れてない?大丈夫?突貫工事?

すると杉元くんは「え…」と声を漏らした。よく見ると丸太と丸太の間からヒグマの毛がはみ出すほどに成長している。あれはあきらかに子熊ではない。さすがに私でもわかる。

「あのオリ…いつからあのままなんだ?」

「ん?あぁ、子熊の成長が早くてな。もう少し大きな檻を作って移すところだった、気にしないでくれ」

そう言ってエクロクさんは笑ったけど、ペットでもないヒグマをそう簡単に檻から檻へ移せるものなんだろうか。檻の下にも排泄物がそのままにしてあり匂いもキツかった。

「俺はあんたたちが滞在するのは構わないけど全てを決めるのは俺の父であり村長のレタンノエカシに滞在許可をもらうといい」

いうことで、村長さんがいるレタンノエカシさんがいるチセに行くことになったわけだけども、そこで杉元くんがアイヌの家を訪問する時は作法がある言って急に杉元くんによる訪問講座が始まった。いやでも作法は大切なことだ。

「俺は何度かやってるからよく見ておけ。騒ぎを起こしたくなければお行儀良くしろよ、特に尾形」

「……」

『ブフッ』

内心、いや子供かよと面白くて思わず噴き出した。その際に尾形さんから睨まれた気がしたけど気付かないふりをした。

ぶっちゃけ尾形さんとはあれからまともに話をしていない。尾形さんも何も言ってこないし杉元くんと話す量が増えたこともあって余計に。

すると杉元くんのお作法に応じて1人の男の人が出てきた。うん、まぁまぁイケメン。

そのイケメンはこちらに会釈をしてまた中に入っていったこれから客人を招くために部屋掃除がはじまるようだ。その間は外で待ちぼうけ。でも確かに自分の部屋にいざ客人を招く時、散らかっていたら私もきっと同じようにするだろう。

しばらくして掃除が終わり中に入れてもらえるようになったけど、ここでもさらに作法があるみたいで、全員で手を繋いで背筋を伸ばさず屈めて入るのが礼儀みたいだ。

「ん…」

そう言って手を差し出してきたのは尾形さんで少しびっくりしたけど『はい』とその手を握った。あの日の事を思い出して少しドキドキしながら反対側の手でアシリパちゃんと手を繋いだ。杉元くんが少しニヤニヤしてて気に食わなかった。

正直好きかどうかなんてわからないんだ。杉元くんは私の話を聞いて絶対に好きじゃんって言ったけど。尾形さんは何を思ってキスをしたのかわからないし、ただ単に遊びなだけの可能性もあるし…まぁ遊びって考えたら心臓が擦り切れそうにはなるけど。それを確かめる勇気は今の私にはない。




中に入ると囲炉裏を囲う人たちが4人、エクロクさんにさっきのイケメン、そして口元にフチさんと同じように刺青のある女性、そして立派な髭を蓄えたお爺さん、その人が村長のレタンノエカシさんだ。

するとレタノンエカシさんはイランカラプテという作法を披露して杉元くんはそれも真似するようにと私たちに言った。

見様見真似でごちゃごちゃ手を動かすけど私はもともとリズム感覚とかからっきしだから付いて行くのに精一杯になっていた。

「ムシオンカミ」

すると今までずっと黙っていたアシリパちゃんがそう言ってレタノンエカシさんを指差した。ムシ…?と首を傾げていると女性はブホッと噴き出した。

『アシリパちゃんどうしたの?』

「みょうじ、オソマが出そうだ」

『えっ』

「んま!アシリパさんお下品な!」

アシリパちゃんは立ち上がって私の手を取った。

「もう出口までオソマがきてるからみょうじも一緒に来てくれ!」

『えっ!?それやばいやつじゃん!ちょっと席外しますね!』

漏れそうだというアシリパちゃんに着いて外に出る。『大丈夫?』と声をかけるとアシリパちゃんは真剣な表情でこっちを見た。

『アシリパちゃん?』

「みょうじ、連れ出してすまない。少しこの村のことが気になって」

そう言ってアシリパちゃんに手を引かれ来たのはこの村に来たときに見た熊の檻。あの時アシリパちゃんは何も言わなかったけど気になることがあったようだ。

ヒグマの檻からは木でできた器に盛られた餌が落ちてきた。見た目残飯のような物だった。

「こんな粗末なものを食べさせて…」

『本来は野生に返すのかな?かわいそうに…』

その瞬間突然背後に気配を感じ、振り返った。最後に見聞きしたのはあのイケメンの顔とアシリパちゃんが私の名前を呼ぶ声だった。
















『ん…』

後頭部がズキリと痛み目を覚ました。

「!みょうじ!気が付いたか?」

『アシリパちゃん…?』

そこは外では無くチセのなか、しかし尾形さんたちはいないからおそらく別のチセだ。

『えっと…私は…』

「頭を殴られたんだ、大丈夫か?」

アシリパちゃんの話によるとあの時背後から来たのはエクロクさんの弟と言っていたあのイケメンで私に殴りかかったそうだ。そのあとアシリパちゃんも拘束してこのチセに連れてきたと。そして…


『で、そちらの方が私たちが探していた熊岸長庵さんって言うことね』

「あぁ、あのアイヌたちは偽物で樺戸監獄から脱獄してきたヤクザものだそうだ。熊岸はここで偽札を作るために監禁されているようだ」

『え…みんな大丈夫なの…?』

そう思った時、確かに聞こえた。



「アシリパさんとなまえさんをどこへやった!!!!!!」



それは物凄い怒気を纏った杉元くんの絶叫だった。