#31
『杉元くん!?』
「今の叫び声は一緒に来てた人かね?」
熊岸さんはその声にびくりと肩を揺らした。
『はい、仲間の声です』
「さっきも言ったがここの男共は全員樺戸監獄の凶悪な脱獄犯だ…私には止められない、気の毒だが…」
そう熊岸さんは言ったけど、私とアシリパちゃんは目を合わせた。
『熊岸さんありがとう、きっと大丈夫…』
「あぁ、杉元が怒っている。むしろ気の毒なのはあの偽アイヌの囚人たちだ…!」
しかも尾形さんも牛山さんもいる。確かに人数はこちらが不利だけど、戦闘力では負けていないはずだ。
もし誰かが負傷しても、私が守る!
「アシリパさんとなまえさんをどこへやった!!」
この男は今アシリパさんとなまえさんは刺繍に夢中だとほざいた。
なまえさんの詳しい趣味はわからないけど前にチラッと酒と筋肉が好きだと言っていた。それにアシリパさんも刺繍なんかしねぇ。
まさかこいつらがアイヌのフリをするヤクザもんだったなんて、気付けなかった俺も情けねぇ。
「俺のひと声で外の仲間があのガキと女の喉掻っ切るぜ!お前ら武器を捨てろ!」
叫んだ男の喉に耳長お化けを突っ込んでゴキンと首を折る。一声でも出せるなら出してみろってんだ!!
すると尾形は俺が立てかけていた銃に手を伸ばすエクロクに向けて発砲した。
「エクロク助さんよ、アイヌ語で命乞いはなんて言うんだ?」
そう言って嫌な笑みを浮かべて俺に向かってその銃を投げてきた。
「銃から目を離すな一等卒」
その銃を受け取りその言い草にイラッとして軽く舌打ちをした。でも今は言ってる場合ではない。
アシリパさんとなまえさんが危ないんだ!
外に出ると男共が待ち伏せをしていて躊躇うことなくそいつらを銃剣で切り殺していく。今思えばこの光景を2人に見せなくて済むのは良かったかもしれない。
「アシリパさん!なまえさん!!どこだ!!」
2人とも無事でいてくれ…!
『また、杉元くんの声が聞こえた…!』
「私たちの事を呼んでる…」
立ち上がる私とアシリパちゃんを熊岸さんは止めた。
「待ちなさい、まだ外に見張りがいる!」
すると外に居たであろう見張りの男がちょうどいいタイミングで入ってきて「「『あ。』」」と全員の声が揃った。
そいつは刃物を持っている。
「おいおい、熊岸、そのガキと女逃すのかッ!?」
『やば…』
するとゴッッという音と共に見張りの男が倒れた。突然のことに唖然としているとそこにはあのチセにいた口元に刺青のある女性とさらに他の女性たちも集まってきていた。
「外は大混乱だ、お嬢さんたち逃げるなら今しかない」
『逆にこの大混乱の中を!?』
この混乱の中逃げれば確かに紛れて逃げ切れるかもしれないけど、そもそも杉元くんたちを置いて行くつもりはないし、熊岸さんには一緒に来てもらわないといけない。
「この中を行けばお前も巻き込まれる、お前に何かあれば私たちが困る」
「それは、どういう…」
『熊岸さんって贋作師なんですよね?偽物かどうか見て欲しいものがあって…』
「そういうことだ熊岸長庵、判別して欲しいものは今は手元にないが、とある剥製屋が作った偽物の刺青人皮だ。私たちはお前に会いに行くために樺戸へ向かっていた」
それを聞いた熊岸さんはフゥと息をついた。
「贋作師か…贋作など好きで作っていたわけではない、。偽札だってそう、頼まれたからだ。絵だけでは食べて行けないからね」
好きなことだけしたい。それが通用しないのは現代も昔も同じか。
「でもね、これは君たちが知りたがっていたことの糸口になるかもしれないんだが…」
「『!?』」
熊岸さんが口を開こうとした瞬間、チセの入り口に人影が現れた。
「アシリパさん!なまえさん!よかった無事だったか!」
『杉元くん!』
杉元くんの顔は血で汚れていて一瞬ドキッとしたけど、恐らくそれは返り血で安心する。
やっぱりかと偽アイヌたちに少しばかりの同情をした。
「!?彼が君たちの仲間か?」
熊岸さんはヒョイと顔を覗かせ杉元くんの顔を見た。
「!」
杉元くんは偽物達と同じくアイヌの服装をした熊岸さんを仲間だと勘違いしたのか銃をかまえた。それをすかさず止める。
『杉元くんダメ!』
「駄目だ杉元!この男が熊岸長庵だ!」
「えっ…なんでこんな所に?」
杉元くんが言った瞬間、ひゅっと外から何かが飛んできて熊岸さんが「ウッ!」と声を上げた。そっちに目を向けると熊岸さんのお腹には1本の矢が突き刺さっていた。
「アッ!」
『熊岸さん!』
熊岸さんはその場に倒れるように座り込み、とっさにその背中を支える。
犯人は偽アイヌの生き残りで、その男は杉元くんの発砲によって絶命した。
体の負担にならないように熊岸さんを横たわらせる。
『傷口を見せて!すぐに治癒するから!』
「いや待て!毒矢かもしれない!」
熊岸さんは自らお腹から矢を抜き取った。すると外に出た杉元くんが「これ毒矢だ!」と叫んだ。
「駄目だみょうじ、毒矢が腹の中に残ってしまった。毒ごと肉をえぐり出せば助かるかもしれないけど、腹に入っては…お前毒を受けた人間を治癒したことはあるのか?」
『ない、けど…!目の前で苦しんでる人がいる、それなのに何もできないなんて私は嫌だ!』
アシリパちゃんの制止を無視して熊岸さんの傷口にキスをして個性を使った。顔に血が付くとかそんなこと気にしている暇はなかった。
少しでも私の力が役に立つなら…!
すると頭の上にポンと手が置かれた。熊岸さんだ。
『っ…動かないでください』
「お嬢さん、君が今何をしているかはわからないが、不思議と少しだけ楽だ。でも私はもう死ぬ。だから、お嬢さんがくれたこの時間を使って言うからよく聞きなさい」
熊岸さんは苦しそうに呼吸を繰り返している。
「剥製屋…作ったものには共通する、こだわりが、あるかもしれない。…私が贋作を作るときは、いつもそう、だった……真作を凌駕してやろうという信念があった…。材料から真作よりもこだわったものを作ったり…」
個性を使っているのに熊岸さんの出血は止まらなかった。
話が終わり、私の頭の上から熊岸さんの手が落ちた。
杉元くんは座ったままの私の手を取り立たせてくれた。
「こんなものでごめんね」と言って彼のトレードマークであるマフラーで口元を拭いてくれた。
「死んでしまった」アシリパちゃんはそう言った。
『助けられなかった』わたしはそう思った。
熊岸さんは貧しい生活から脱するために贋作に手を出してしまったけど、こだわるのは芸術家であろうとしたちっぽけな意地だと言った。見た人の人生をガラッと変えてしまえるような本物が作れたら贋作になんか手を出さなくてよかったのに、そう悔いて熊岸さんは死んでいった。
「なまえさん、大丈夫?」と声をかけてくれた杉元くんに『!…うん、大丈夫』と答えてありがとうと伝えた。
例のチセの前に戻ると、そこは地獄絵図と化していた。
『尾形さん!』
その中に立つ尾形さんを見つけて私はすぐに駆け寄った。
「!なまえ、それはお前の血か?」
『え?』
まだ血が付いていたみたいで尾形さんは私の頬に手を伸ばしそこに触れた。カサついた指先でも確かに人の温かさを感じて、ボロッと涙が溢れた。
尾形さんはギョッとした後すぐに表情を戻して、何も言わず頬に手を添えたまま親指で私の涙を拭った。
『尾形さん…』
「なんだ」
『尾形さん…』
「聞いてる」
『…尾形さんは、死なないでくださいね』
「勝手に殺すな」
「簡単に死なねぇよ、戦争帰りを舐めるな」と尾形さんはニヤリと笑った。たまらなくなって私はそのまま尾形さんに抱きついた。
尾形さんは「おい、動けん。離せ」と言ったけど泣きじゃくる私にハァとため息をついて背中に手を回しポンポンとまるであやすように叩いた。
それがひどく安心して、さらに涙が溢れて尾形さんに縋り付いたまましばらくそのままでいた。
あぁ、私はこの人が好きだ。
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個性の補足
毒を消すことはできない、
故に個性を使っても体力も減らない。