#32
「喜べみょうじ、コタンの女達が私たちにお礼がしたいと言ってトゥレプの料理でもてなしたいと言っている」
あの後コタンのあちらこちらに転がっていた死体を皆で運び土に埋めた。
このコタンにいるのは女性ばかりで、皆旦那さんをあのヤクザ達に殺されそうだ。
熊岸さんの遺体も土葬した。
そういえば土方さん達はもう樺戸監獄に着いたのかな?まさか熊岸さんがこんな所にいたなんて思わないだろうな。杉元くんも同じことを言っていた。
『アシリパちゃん、そのトゥレプって何?』
「トゥレプはオオウバユリのことだ。私たちは今の時期を少しウバユリを掘る月とか、どっさりとウバユリを掘る月と呼ぶんだ」
『じゃあ今が丁度旬ってことなのかな?』
オオウバユリはお団子にしたりすり潰した粉が胃腸の薬になったり、最後に残ったカスも乾燥させて冬場の貴重な保存食なるそうだ。そんな貴重な食料を頂いても問題ないのか聞いたら、私たちは大切な客人だから一番粉と呼ばれるものを振る舞ってくれるそうだ。
チセの中に案内され、空いた場所に座ろうとしていたら尾形さんが自分の横のスペースをポンポンと叩いた。先程の事もあり大人しく尾形さんの横に座った。
すると尾形さんがじっとこちらに視線を向けてきたから『なんですか?』と声をかけた。
「少し腫れたな」
『え?何がですか?』
「目元、ブスが増したな」
『あ!また言った』
年甲斐なく泣きじゃくったせいで見事に目元は真っ赤で、川の水で冷やしたけどそれに気付いた杉元くんに「まさか尾形に泣かされたんじゃ!?」と心配してくれた。
確かに泣かされたかもしれないけどと、事の顛末を彼に話すと「やっぱ好きなんじゃん!」とキャッキャと喜んでいた。
キャーと口元を押さえる彼を見て、この偽アイヌ大虐殺はほとんど杉元くんがやったって尾形さんが言っていたけど、本当だろうか?と未だに少し信じられなかった。ギャップってすごい。
現に今も私と尾形さんのやり取りを見てニヤニヤしている。幸いこっちを向いている尾形さんからは死角だからよかった。
「こら尾形、なまえにちょっかい出すな」
そう言ったのは牛山さんで尾形さんの隣に座っている。
「あ?」
「本当は思っても無いくせにそんなこと言うんじゃない、それじゃ好きな女子に意地悪するガキだぞ」
「『ブフッ』」
私と杉元くんは同時に噴き出した。牛山さんそれ以上はやめて…尾形さん猫ちゃんみたいに瞳孔が細くなってる、ダメ、腹筋死ぬ。
「尾形ぁ、お前なまえさんのこと大好きかよ」
杉元くんもここぞとばかりにニタニタしながら尾形さんを揶揄っている。
尾形さんは満面の笑みで「上等だ杉元、表でろテメェも土に埋めてやる」と銃に手をかけた所で「お前ら食前で喧嘩はやめろといつも言ってるだろうが!」というアシリパちゃんの声によりその場は収まった。
そしてさらに追い討ちをかけるように「尾形はみょうじのことが好きなのか?私は大賛成だぞ!」とアシリパちゃんは満面の笑みを浮かべた。
対して尾形さんは軽く舌打ちをして「そんなんじゃねぇよ」と前髪を掻き上げた。
少しだけチクッと心臓が痛んだ、気がした。
振る舞ってもらったのは澱粉を蒸し焼きにしたクトゥマと呼ばれるお団子と2番粉をフキの葉っぱで包んで焼いたまた別のタイプのお団子。
しかも後者には筋子を潰したタレがかかっている。ヤバイ美味しい、お酒飲みたい。
「団子の甘さに筋子ダレのしょっぱさが合ってとぉーってもヒンナ」と食リポをする杉元くんの意見は的確だ。
そのあと杉元くんが「アシリパさん、これ絶対に味噌が合うよ」と言ってオソマ…じゃなくて味噌を取り出した。
それに歓喜したアシリパさんが「杉元のオソマはヒンナだな」と言ってアイヌの方々がざわつくのはお約束だ。
こうして楽しい夕飯の時間は過ぎていった。
夜も更け、川に体を拭きに来たついでに熊岸さんを土葬した場所にお花を供えに来た。
そこらへんで摘んだお花で申し訳ないけど気持ちが重要だ。
手を合わせてから川に行くとそこには先客がいた。
「あいつも元は監獄に入ってた罪人だぜ?なまえ」
『尾形さん…見てたんですか』
『声かけてくれればよかったのに』というと「夜中に墓場に行く趣味はねぇ」と尾形さんは言った。
いや別に私も趣味とかじゃないんですけど。
私自身、情けないことに自分の個性の限界を知らなかった。それなのに人を守りたいなんてよく言ったもんだと自分が嫌になった。
助けられなかったお詫びとそうすることで自分も救われるかもしれないと思いお花をお供えに行った。
手ぬぐいを洗って顔を拭いたあと、そこにはまだ尾形さんがいた。
『尾形さん、戻らなくていいんですか?』
「あぁ、うるさい連中がいるからな」
『うるさい連中?』と首を傾げると尾形さんは「ハァ」とため息をついた。
「杉元と牛山には1人で出ていったお前を追いかけろと言われるし、アシリパと女たちには俺とお前の関係について質問攻めにあった」
うわぁある意味地獄絵図…、と思いながらも情景を思い浮かべたら面白すぎて笑うと「何笑ってんだ」と満面な笑顔で頭を掴まれたからすぐに『ゴメンナサイ』と言った。
「……別にお前の事は嫌いじゃない」
尾形さんは続けた。
「前にも言ったが俺は愛だの恋だのよく分からん。所詮目には見えないものだからな」
「でも…」と尾形さんがその先を言い留まっていたので『ゆっくりで大丈夫ですよ?』と声をかけた。
「…お前の事は放っておけない時がある」
『えっ』
「自分でもよく分からん。でもお前が杉元と楽しそうに話しているのを見ていると」
「面白くない」と尾形さんは言った。
待って、無理。
私は両手で顔面を覆った。
尾形さんは「どうした?」と言っている。やばい顔が熱い。
自惚れかもしれないけど、それって所謂ヤキモチ…?
以前も尾形さんに杉元くんや白石さんに個性を使ったのか聞かれたことがあった。
あると言ったらすぐにキスをされた。
その時はジャ〇アニズム的なあれかと思っていたけど。
『尾形さん、私の事大好きじゃん…』
「あ?それはお前だろうが、今日だってピーピー泣きついてきやがって犯されてぇのかテメェ」
『そういう所は嫌い』
「ははぁ、褒め言葉だな」
そう言って尾形さんは前髪を掻き上げた。
「で、いつまで顔隠してんだ」
『いや、無理。見ないでください』
だって今顔真っ赤だもん。
情けないのと恥ずかしいので見られたくない。
けども尾形さんは私の両腕を掴むと簡単に顔を隠すその手を外した。
夜ではあるけど月のお陰で相手の顔を認識できるくらいには明るい。
赤くなる私の顔も尾形さんには丸見えだろう。気まずくなって両腕を拘束されたまま目を逸らした。
「……」
しばらく無言の尾形さんが気になりチラッと目を向けると、また猫の様な目になっていた。
「ふっ、ひでぇ顔だな」
『酷い!だからヤダって言ったんですよ!』
「ははぁ、暴れるな暴れるな」
これ以上見られたくなくて無駄だと分かりつつも暴れる。
尾形さんは面白そうに笑うと耳元に顔を近付けてきた。
そしてこの男はとんでもない爆弾を落とした。
「俺は好きだけどな、その顔」
低音のいい声が耳にダイレクトに届いて、一瞬体の力が抜けた気がした。
今ならいつでも死ねる。そう思った。