#33
『この人って…レタンノエカシ?』
偽アイヌは全員居なくなったと思っていたけど、1人だけ拘束していたようで、それは村長レタンノエカシに扮していた男だった。
その男は詐欺師の
昨日の騒動であの熊のオリが壊れて中のヒグマに鈴川が襲われ着物を破られた際に囚人だということがわかったみたい。
そのヒグマはどうなったかって?牛山さんが投げ飛ばしてそのまま森に帰っていったみたいだ。
ヒグマが無事に野生に帰れたのはよかったけど、牛山さん強過ぎない?
『で、この男はどうするの?』
「女たちによると、主犯はこの男だがこれ以上関わりたく無いそうだ」
確かに自分たちの村をめちゃくちゃにした主犯の男なんかとは二度と関わりたくなだろうな。
『剥ぐ?』
「あぁ、面倒だ…ここで殺して皮を剥いで行こうぜ」
私の言葉に尾形さんも頷いた。
そこでアシリパちゃんが「無抵抗の人間も殺すのか?」と言った。それに尾形さんは何も言わず髪を掻き上げ私も口を噤んだ。
確かに、その人の罪は置いといて無抵抗の人を殺すなんてこの男がした事となんら変わりがない。
『ごめん、無神経だった』と反省した。
すると拘束されたままの鈴川が口を開いた。
「網走から脱獄した他の囚人の情報がある」
その言葉に黙ってた杉元くんが目を鋭く光らせ「…ほぉ」と言った。その眼光は鋭く、自分に向けられているわけでもないのにゴクリと唾を飲み込んだ。
「ははっ、どうだかな。そいつは詐欺師だろ?時間稼ぎの嘘かもよ」そう笑ったのは尾形さんで、杉元くんは「嘘なら舌を引っこ抜いてやるさ。閻魔様がやるか俺がやるかの違いだろ?」と言った。杉元くんなら本当にやりそうだ。
そして先を急ぐ事もあり鈴川はそのまま連れて行き、土方さんと合流してからその処遇を相談することになりアイヌコタンを出発することになった。
んだけど。
『アシリパちゃんどうしたの?』
「女たちが、これで村に男がいなくなったからずっと居ろって言っている。ちんぽ先生が人気だ」
そうアシリパちゃんがいうと女の人たちは揃って「チンポ先生、チンポ先生」と言っている。
『アシリパちゃん、牛山さんのことチンポ先生って紹介したのね?』
「何を言っているんだみょうじ!チンポ先生はチンポ先生だ!ヒグマに勝ったから強い子供が出来ると言っている」
それを聞いた牛山さんは残ろうとして「子種だけでも置いていきたい」言ったけど、杉元くんと鈴川に引き摺られ村を後にすることになった。
女は強し。「このコタンは必ず生き返る」というアシリパちゃんの言葉に頷いて、コタンの皆に別れを告げた。
早く白石さんやキロランケさんに会いたいな。
アイヌコタンからしばらく歩き漸く町に出た。町と言っても小樽とかみたいにすごく栄えているわけではないけどちらほら人並みもある。
『牛山さん、待ち合わせ場所決まってるの?』
「もうすぐで樺戸監獄が見えて来る。監獄から一番近い宿で落ち合う約束だ」
今のところ鈴川は文句を言わず付いてきている。まぁ文句を言ったところで杉元くんが黙っていないだろうけど。
初めての場所だし、久々の町にキョロキョロしながら歩いていると「おい、前見て歩け」と尾形さんに引き寄せられた。
思わず『うわっ』と声を上げるとちょうど私の前から老夫婦が歩いて来ていてぶつかるところだったみたいだ。
『ありがとうございます、初めての場所で落ち着かなくて…』
そう言うと「…子供かよ」と鼻で笑われた。
「見えたあの宿だ」
牛山さんが指さす先には小さな宿。
中に入るとそこには永倉さんと家永さんがいた。
『家永さん!』
「なまえさん!長旅お疲れ様です。ご無事でした?」
『はい、皆一緒でしたから。他のみんなは?』
宿に入るなり迎えてくれたのは家永さんで思わず抱きついた。
そばで尾形さんが小さく「ジジィだぞ」と言ったけど聞こえないふりをした。
しかしその場にいるのはその2人だけで、白石さん、キロランケさん、土方さんの姿が見えなかった。
そこで永倉さんが出てきて「悪い知らせが2つある」と言って、白石さんが第七師団に捕まった事を聞いた。もう一つは熊岸さんの死について。
剣術の指導で樺戸監獄に出入りしていたことのある永倉さんが樺戸監獄の典獄から「熊岸長庵は射殺された」と聞いたそうだ。もしかしたら鈴川たちが樺戸監獄から脱獄した際に射殺されたと思わせて一緒に連れ出したのかもしれない。
それよりも…
『し、白石さんが第七師団に!?またなんで…』
「共に旅館で宿泊をしていたんだが町で第七師団の連中に連れて行かれるところを土方さんが目撃している」
キロランケさんと土方さんは白石さんを奪還する為に第七師団を追いかけて行ったみいだ。
「地域住民の話によると、旭川の第七師団本部から作業で借り出された兵隊たちで、旭川の本部に戻る途中に白石は捕まったそうだ。土方さんにはお前たちが到着したら旭川に向かうように言われている。ついて早々で悪いがすぐに出発する」
時は一刻を争うし、そんな事を聞いて悠長になんかしていられない。
私たちはすぐに宿を出発した。
『第七師団かぁ…』
「鶴見中尉の姿はなかったようだけど、剥製所でのことがあるもんな」
「大丈夫かい?なまえさん」と声をかけてくれたのは杉元くん。
同じ第七師団でもキロランケさんみたいに違う聯隊の可能性も高い。でも第七師団全体が私の個性の事を知っていたら?
そう考えたら怖さはあったけど、今は1人じゃないし仲間もいっぱいいる。
『怖いのは怖いけど、何かあったら杉元くん、頼りにしてるからね!』
「!あぁ、任せてくれ!」
杉元くんはニッと歯を見せて笑った。
や〜顔がいいわ。と思っていると突然後ろから服を引っ張られた。
「ははぁ、小銃もまともに扱えん一等卒だけになまえは任せられんな」
犯人は尾形さん。前髪を掻き上げながら杉元くんを馬鹿にする様に笑った。
「うるせぇ尾形!」
『尾形さんも脱走兵扱いなんですから慎重に行動してくださいよ?』
「テメェに言われなくてもわかってる。自分の身は自分でも守るさ」
そう言って尾形さんは「そのついでに守ってやるから感謝しろよなまえ先生」と言って私の頭に手をポンと置いた。
尾形さんはすぐにその手を離し懐から双眼鏡を取り出すと一行の最後尾へと行ってしまった。
目が点になっている杉元くんと顔を真っ赤にする私。
「なに、付き合ってんの?」
『!?ちち違うよ!?そりゃ、前より打ち解けられた感はあるけど……』
尾形さんは私と杉元くんが一緒にいるのは面白くないって言っていたけど、結局それが好意からなのか、ただの独占欲的なものなのか、はっきりと確認はできていない。
『結局尾形さんの本心はわからないから』
「まぁ普段から何考えてるかのかわかんねぇもんな」
「なまえさんも面倒なやつ好きになったね」と笑う杉元くんだったけど、なんだかんだいつも話を聞いてくれる彼に『いつもありがとうね』とお礼を言った。
今は悩んでいられない。早く白石さんを助けに行かなくちゃ!