#35
翌日になり私は憂鬱になっていた。
ことの発端は朝のこと。
作戦を決行するにあたり最終的な話し合いをしている時だった。
キロランケさんが広げているのは旭川第七師団の所謂見取り図だ。その見取り図を指差しながら『白石を連行した連中の肩章番号は27だった』と言った。
「旭川に4つある聯隊のうちのひとつ、歩兵第27聯隊」
あれ、27聯隊って…。
尾形さんを見ると同じことを考えていたようで「ちょっと待て」と言った。
「どうした尾形」
「どうしたもこうしたも、お前らアホか」
尾形さんは外套を肩まで捲り肩章番号を見せた。
そこには歩兵第27聯隊所属を示す27の数字。
間違いなく白石さんを連れて言ったのは鶴見さんの隊だ。
「あっ、そうだったっけ…なら鶴見中尉も同じ聯隊か…」
「白石は27聯隊が密かに確保している可能性が高い、何故なら本部にいる聯隊隊長の淀川中佐には鶴見中尉の息がかかっているからな」
そういうわけで朝から憂鬱だ。
まさかピンポイントで鶴見さんの聯隊だったとは…。
「さっきからため息ばっかり吐くな。鬱陶しい」
『酷すぎません?』
そして憂鬱な私は現在旭川第七師団本部の敷地内の木の上にいる。隣には尾形さん。
『鬱陶しいは一言余計ですよ。うまくいくかもって思ったけど、心配になって来た』
「うまくいかなかった場合を考えて俺たちがここにいるんだろうが」
その木の上からは一室の部屋が見える。
尾形さんの双眼鏡を借りて中を覗き込むと犬童四郎助に扮する鈴川と、犬童の助手とし一緒に潜入した杉元くんの姿。
杉元くんももちろん変装はしているのだけど、その姿はまるで犬○家のス○キヨだ。
しかも5年前に家永さんにより顔をズタズタに食いちぎられて覆面を被っているという設定付きだ。家永さんにには申し訳ないけど、さすがに笑った。
だって杉元くん「イヌ、ドウ…」としか喋らないんだもん。
作戦的には鈴川が熊岸さんにさせていた贋札製造の際に使っていた原板をダシに淀川中佐を揺さぶるというものだった。
「杉元の変装もどうかと思うが、お前も着替える必要あったのかよ」
『さすがにアットゥシだったらいざという時走り辛いですからね』
私の格好は前に第七師団で着ていたシャツに赤いラインが目立つ軍袴。
キロランケさんの家で着替えてから念のためにカバンにつめていたのが役に立ったし、結果木に登っているからこの服に着替えてよかった。
私は武器は持ってないけど、何かあった場合すぐに治癒ができるからとこの危険な場所に配置してもらった。
「走るのはいいが転ぶなよ」
『あ、子供扱いしないでください。私は私にできることを頑張るって決めたんです』
尾形さんは「はは、いい心がけだ」と言って私の頭にポンと手を置いた。ドキッとしたけど今はそういう時じゃない、と心の中で自分にビンタをして平然を保つ。
部屋の様子は順調そうで「白石だ」と双眼鏡を覗きながら尾形さんは言った。
どうやら杉元くんたちは淀川中佐を落とすことに成功したみたいでフゥと息をついた。
なんとか白石さんを奪還できそうだと安心した。
その時だった。
尾形さんが「まずいぞこれは…」と低く声を漏らした。
『まずいって…、どうしたんですか?』
「…鯉登少尉が慌てて入って行くのが見えた」
鯉登少尉といえば…
『鯉登少尉さんってあの薩摩弁褐色色男の…』
「なんだ面識あったのか。というかなんだその呼び名は」
鯉登少尉さんとはいつか晩酌しようって言ってたけど結局叶わなかったんだっけ…。
それ以上に鶴見さんにお熱なイメージが強いけど。
『鯉登少尉さんとは小樽の兵舎で一度お会いしたことがあって、一緒に酒を飲もうって言ってたんですけど叶わなかったんですよ。あれは惜しいことしたなぁ…』
さつま揚げ……。
「ほぉ…随分残念そうじゃねぇか」
『そりゃ楽しみにしてましたからねぇ』
さつま揚げ……。
尾形さんの顔が心なしか怖かったけど、突如聞こえた銃声に意識をそっちに向けた。
『銃声…?!』
「失敗だ…!行くぞ!」
尾形さんは「チッ」と舌打ちをして木から飛び降りた。それに続いて降りると、観察していた部屋の窓が割れ白石さんを抱えた杉元くんが勢いよく飛び出して来た。
尾形さんは追って来ようとする兵士を撃ち時間を稼いでいる。私はとにかく杉元くんたちの方へと走った。
『杉元くん!白石さん!』
「えっ!なまえちゃん!?」
見た感じ杉元くんは銃弾を受けている。でもここで治癒をしている暇はない。
『杉元くん、我慢できる…?』
「あぁ、俺は不死身の杉元だ!白石、裏にキロランケたちが馬を待機させている」
杉元くんは肩を押さえながら走る。そこへすかさず尾形さんが駆けつけて来て裏への道も銃声を聞きつけて集まって来た兵士たちが大勢いるからと別の道を行くことになった。
『ごめんね杉元くん!落ち着いたらすぐに治癒するから…!』
「なまえ!無駄口叩いてる暇はねぇ!お前も死ぬ気で走れ!」
『っはい!!』
幸い私や尾形さんの存在にはまだ気付かれていない。ここで気付かれて足を引っ張るわけにはいかない。
走り続けると急に開けた場所に出た。
そして目の前に現れたのは…。
『なに、あれ!気球…⁉』
「なんだありゃあ⁉」
それは飛行船にしては簡易だし気球にしては横に長細いものだった。
「気球隊の試作機だ!!」
「あれだ!あれを奪って逃げるぞ!」
白石さんの声と共に飛び出した。
杉元くんは負傷しながらも兵士から銃を奪い、尾形さんは兵士たちに銃を向け下がるように声を荒げた。
白石さんといえばすでに気球に飛び乗り動かすように兵士を脅している。
「なまえもさっさと乗れ!」
どうやら撃てば水素に引火して爆発する恐れがあるようで兵士たちは撃ってこない。
捕まえられる前に私も足早に気球に飛び乗った。
試作機だから墜落するかもとか今は考えていられなかった。
気球のエンジンがかかり、白石さんは操縦していた兵士を突き落とす。
尾形さんや杉元くんも次々と登って来ようとする兵士たちを床尾で殴り落として行く。
『あれは…!』
そんな中、兵士たちを掻き分けさらに足蹴にして気球に飛び乗って来た男が見えた。なんて身軽なんだ。
『鯉登少尉さん…』
「!!あなたは…なまえさん⁉」
尾形さんは外套のフードを被っていてまだ顔を見られていないけど、顔を隠していない私はすぐに正体がバレてしまった。
すかさず尾形さんが私の腕を引っ張り自分の方へと引き寄せた。
鯉登少尉さんは目を見開いて驚いている。
「な、ないごて…あなたがここに⁉」
「なまえさん答えなくていい!おい銃剣を貸せ。俺がやる」
杉元くんは息を荒げながら尾形さんに手を差し出した。
「自顕流を使う。二発撃たれた状態で勝てる相手じゃないぞ」
「やってみねぇとわかんねえだろ、お前は黙ってなまえさんを守っとけ」
尾形さんはフンと息を吐いて銃剣を渡し外套のフードを外した。
もちろん鯉登少尉さんは尾形さんに気付き逆上した。
「尾形百之助!!!」と声を荒げた後の言葉は勢いが激しすぎて聞き取れなかった。
「相変わらず何を言ってるかサッパリわからんですな鯉登少尉殿。興奮したら早口の薩摩弁になりモスから」
逆上しているところに油を注いで行くスタイルの尾形さんは前髪を掻き上げながらバカにするように笑っている。
「貴様だけは許さん!!!!なまえさんも置いていけ!!!!」
「ははぁ、それは出来ませんなぁ」
「こいつはもうテメェらのもんじゃねぇ」と尾形さんは私の肩に手を回して引き寄せ挑発するように笑った。
それに鯉登少尉さんは「キェエエエエ」と猿叫を上げ杉元くんに勢い良く軍刀を振り下ろした。
『ちょ、尾形さん挑発しすぎじゃ…』
「知らん、俺は本当の事を言ったまでだ」
鯉登少尉さんのそれはすごい勢いで杉元くんは少し押され気味になっていた。
すると突然下から弓が飛んできて咄嗟に視線を下に向けるとそこには馬に乗って気球と並走するアシリパちゃんの姿が。
『アシリパちゃん!』
アシリパちゃんの放った弓は鯉登少尉さんのそばの柱に突き刺さり、彼の意識は杉元くんから逸れた。
今だ!と思い、尾形さんの腕から逃れ思い切り鯉登少尉さんに体当たりをしにいった。
それと同時に白石さんが飛び蹴りをして、私と白石さんそして鯉登少尉さんの体は気球の外へと飛び出した。
「白石!!!なまえさん!!!」
やばい、何も考えてなかった。
案の定「あのバカ!!!」と叫ぶ尾形さんの声が聞こえた
下は森だけど、衝撃を覚悟してギュッと目を瞑る。
すると腰に腕が回され私の体は落ちることなく宙ぶらりんになった。思わず『グェッ』と汚い声が漏れた。
下に目を向けると鯉登少尉さんが何か叫びながら落ちていく姿が見えた。
「アバヨ!!鯉登ちゃ〜ん!!!」
『!!!白石さん!』
私を抱えてくれているのは白石さん。用意周到とはこの事で、白石さんの腰にはロープが巻かれていて気球の柱につながっている。
「なまえちゃんも体当たりするなんて驚いたよぉ〜」
『もう!!白石さんこそすごい!!』
たまらなくなって白石さんに抱きつきたい衝動に駆られたけど、上からの声に我に返った。
「白石!!なまえさん!!木に突っ込むぞ!!!」
杉元くんの声が耳に届いた時には2人仲良く木に突っ込んでいた。
『イタタっ!!やばい!!痛い!!』
「イデデデ!!」
木々に体を引っ掻かれ痛みが走る。目を瞑っていたから前は見えなかったけど、手に何かが当たりそれを抱え込んだ。
ようやく木から抜け出し目を開けると、私の腕の中にはアシリパちゃんがいた。
『えっ!?どういう状況!?アシリパちゃん!?』
「みょうじ無事か!見事な体当たりだったな!」
どのタイミングでアシリパちゃんと合流したかわからないけど、上から「引き上げるよ〜」と杉元くんの声が聞こえて大人しく引き上げられた。
『はは、ありがとう杉元くん』
「もう本当びっくりしたよ、なまえさん」
「無茶しないでくれ」と言う杉元くんに『ごめんね』と苦笑すると、突然後ろからガシッと頭を掴まれた。
もう悪い予感しかしない。
「おい」
『ヒェッ』
後ろから頭を掴まれたまま、耳元に囁かれた地を這うような声に思わず肩をびくりと揺らした。
「考えるより先に、なんだ?あ?言ってみろ」
『か、体が動いていました…』
恐る恐る顔を向けると満面の笑みの尾形さんがそこにいた。
あ、これ死んだわ。