#36


気候は穏やか。気球はゆっくりと進む。


杉元くんが撃たれたのは肩と左胸で、肩の銃弾は貫通しているけど左胸には弾が残っているみたい。あとで取り出そうとアシリパちゃんは言った。私はそのサポートをしよう。

「こんな危険を冒してまで俺を取り戻しにくるなんて…俺は脱獄王だぜ?自分で逃げられるのに…」

「皆白石のことは諦めようと言った…それでもお前を助けたいと言ったのはみょうじと杉元だけだ」

「えっ…」

「ほんとに…?」と白石さんは杉元くんと私の顔を見る。

「網走では必ずお前が俺たちの役に立ってくれるそう信じて助けに来た」

そこで杉元くんは「でも思い出したんだよ白石」と昨日話してくれた白石さんへの疑念の話をした。

「白石、お前土方と内通していたな?ずっと俺たちの情報を土方に流していたんだろ」

「!!」

杉元くんがそう言った瞬間白石さんは顔色を変えて気球から飛び降りようとした。

『危ない!』と手を伸ばそうとすると「お前は大人しく見とけ」と尾形さんにその手を掴まれた。

そこで杉元くんが白石さんに見せたのはとある刺青人皮の写し。白石さんは札幌でそれを牛山さんへと渡していたらしく土方さんが杉元くんに見せてきたと言った。

「確認してみたが、全くのデタラメの写しだった」と杉元くんはその刺青人皮を気球の外へと捨てた。

『デタラメってことは…』

「そう、白石は俺たちのことを裏切ってなかったんだ」

白石さんはその言葉にパッと目を輝かせて「言ったはずだぜ!俺はお前たちに賭けるってな!」と笑った。

杉元くんも笑顔を見せアシリパちゃんも笑みを浮かべる。尾形さんは髪を掻き上げるだけで何も言わない。

でもこれで絆が深まったって思ったらグッと込み上げるものがあった。

『白石さん…また会えてよかった…!』

「なまえちゃんもありがとうね、俺も会いたかったよ〜…ところでさ…」


白石さんは私を指差した。


「なまえちゃんいつまで正座してるの?」


さぁ、いつまででしょう?


「そこに座れ」と地を這うような低い声で言われてからまぁまぁ時間は経った。

隣に立つ尾形さんを見上げるとニコリと笑われた。


めちゃくちゃ怖くてすぐに目を逸らした。


「俺は後先考えずに飛び出すのは自殺行為だって言ったはずだぜ?なぁなまえ」


杉元くんとアシリパちゃんにヘルプの視線を送ったけれども「なまえさんごめん、悔しいけど今回ばかりは尾形の言う通りだよ」と杉元くんに言われ、アシリパちゃんにも「反省しろみょうじ」と言われ『ごめんなさい』と肩を落とした。

「しかも相手は鯉登少尉で軍刀も持ってた、切られてもおかしくなかったよ」


「まぁでもあの時の尾形の顔は傑作だけどな」と杉元くんは口元に手をあててププっと笑った。一体どんな顔だったんだ、すごい気になる。


「うるせえ」

尾形さんは軽く舌打ちをすると「もういい」と言って立たせてくれた。やばい足が痺れた。


「それにしても俺たち飛んでるぜ!このまま網走に行けるんじゃねぇの?」

気球は順調に木々の上を飛んでいく。

「向こうでキロちゃんたちを待とうぜ」という白石さんに「小樽を出てからもう二ヶ月以上かかっちまってるからな」と杉元くんは答えた。

ということは私がこの世界に来てもう少しで半年か…。なんだかもっと時間が経っている感じがしたけど。

毎日が怒涛であまり考えたことなかったけど、私が元の世界に帰る術はあるんだろうか。

お気楽かと思われるかもしれないけど、この世界は刺激的で、魅力的だ。もちろん死と隣り合わせなのは忘れてはないけど。

(それに…)

双眼鏡で辺りを確認する尾形さんをチラッと見た。

尾形さんの本心はわからないけど、好きだと思える人もいる。もちろん杉元くんやアシリパちゃん、白石さんや他のみんなも好き。

だけどそう意味の好きじゃなくて。

また杉元くんに話を聞いてもらおう。


すると突然エンジンがプスンプスンと音を立てて動かなくなった。


『えっ止まった?』

「叩けば直るか?」


そう言って杉元くんと白石さんはキーキー言いながら猿のようにエンジンを叩く。

昔のテレビの直し方みたいと思いながら一連を眺めていると2人の間からアシリパちゃんが割り込んできて、一際高い声で「ウキー!」といいエンジンをぶん殴った。

「やかましい」

『ハハッ』

まさかそれに尾形さんが突っ込むとは思わず笑いが溢れた。


『フフッ…試作機って言ってましたもんね、まぁいきなり墜落することはなさそうですけど…』

「あとは風の吹くままだな」


気球は風に乗ってゆっくりと進むけど段々と高度は落ちてきている。


すると目の前に岩の壁が現れた。あの壁にぶつかればひとたまりもなさそうだな。


「パウチチャシだ」

『ん?アシリパちゃんそれって何?』

聞き覚えのない単語に首を傾げるとアシリパちゃんは「パウチチャシはパウチカムイが住む村という意味だ」と教えてくれた。

『カムイってことは神様?』

「そうだ、この辺りの奇岩はパウチカムイの砦とされている」

『どういう神様なの?』

「パウチカムイは淫魔であまり心の良くない神様だ。取り憑かれるとその人間は素っ裸になって踊り狂う」

『何それ〜絶対に嫌だ』

すると白石さんは「アイヌは想像力が豊かだねぇ、なまえちゃんの裸踊りなら大歓迎だけどね☆」と笑った。

『白石さん最低』

ニコリと笑うと白石さんは「クーン」と鳴いた。


気球の高度もどんどんと落ち、ゆっくりと木に引っかかり漸く止まった。




『杉元くん、傷口見せて』

地上に降りて川のそばで杉元くんの治癒をすることになった。

服をはだけさせ、濡らした手拭いで血を拭く。

「なまえさんすまない…」

『まかせて、すぐ治すから』

先に弾の貫通した肩に口付け個性を使う。唇を離すと貫通した傷跡は跡形もなく消えていた。

次は弾の残った左胸の方だ。アシリパちゃんが弾を取り出すとさらに血が溢れてきた。


そちらも口を付け個性を使うと肩同様跡形もなく傷跡は消えた。


『杉元くんどうかな?肩動かしてみて?』

「!痛くない…ありがとうなまえさん!」


杉元くんは肩をぐるぐる回す。「さすがだな」と言われとても嬉しい気持ちになった。私の力が役に立ったんだ。


「本当にみょうじの力はカムイみたいだ」

そう言ってくれたのはアシリパちゃん。

『神様か、ありがとう。そんな大したことはできないけど、みんなの役に立ってよかった』


ちなみに杉元くんを撃ったのは鯉登少尉さんでその銃は威力の弱いことで有名な銃だそうだ。鈴川は頭を撃たれてその場で死んだと杉元くんは言った。

こんなことを思ってはいけないけど、杉元くんの頭に当たらなくてよかった。



治癒を終わらせ川で手拭いを洗っていると尾形さんに「おい」と声をかけられた。

「たて続けに個性を使ったが、体に異常はないのか?」

『尾形さん、少し疲れはしますけど、問題ないですよ』

『お気遣いありがとうございます』と言うと尾形さんはそうかと言って自分の懐から布を出すとそれを濡らした。

何をするんだろうと眺めているとその布を絞り私の頬をゴシゴシと拭いた。

ちょ、すごい力だ!


『痛いんですけど!』

「ははぁ、そうか。痛くしてるからな」


そう言って尾形さんは笑って手拭いを離した。そこには血が付いていた。


『えっ私も出血してました?』

頬を触ったけどそんな感じはしない。

「いや、アイツの…杉元の血がついていた」

『あ、治癒した時…』

あの時に付いたのか。

『ありがとうございます』というと尾形さんは手拭いを洗って懐にしまって前髪を撫でつける。




「鯉登少尉はあれくらいでは死なん。俺とお前が一緒に、更には杉元たちと一緒にいることは鶴見中尉に報告されるだろう、鯉登少尉は鶴見中尉のお気に入りだからな」

『そうですね…今までよりも一層気を引き締めます』

「心掛けと返事だけはいいが、考えなしのところがたまに傷ですなぁなまえ先生」


「ハハッ」と笑う尾形さんに返す言葉もなく「気をつけます」と苦笑いを浮かべる。


「それと…」

そう言って尾形さんは私の頭に手を乗せる。

『尾形さん…?』

「杉元に何か相談してるようだが……、たまには俺にも話せ」


「聞いてやらん事もない」と言って尾形さんは手を離した。


私といえば目が点で『尾形さんって…やっぱりツンデレですよね』と返すと尾形さんは「だからそれはなんだ?」と言った。



『あなたのことについて相談してます』


さすがにそんなことは言えなかった。