#03
早いもので私が明治時代に来てしまってから3ヶ月が経った。
トリップなんてこの世に存在するなんて信じられなかったけど、買い物に出た際に見た街並みは私が生きていた令和とは全く違っていて、時代の違いを突き付けられた。
最先端の時代から過去に来てしまったわけで、不便なことは数えたらキリがないけど、毎日生活する中でそれらは定着しつつあった。
『洋平くんまたケガしたの?』
で、私は第七師団という軍の兵舎にお世話になっていて、ここでも所謂保健室の先生をしている。
ちなみに私が未来から来たということは鶴見さんと月島さん以外知らない。
「!なまえ先生、俺が洋平だってなんでわかったの?」
『なんでって…雰囲気?』
「へぇーそんなもん?」
『うん、ほら今日もケガしたんでしょ?腕出して』
現在私が手当てをしているのは二階堂洋平くん。双子の弟で、お兄ちゃんの浩平くんとは瓜二つで師団の方々も見分けがつかないらしい。
この双子は揃って闘争心というか怖いけど殺人衝動が強いみたいでよくケガをしてはこの医務室にやってくる。
接しているうちに見分けなんてつくだろうにと思ったけど、それは雄英高校で日々生徒と顔を合わせて付いた能力かもしれない。現に人の顔を覚えるのは得意だ。
差し出された洋平くんの腕に丁寧に包帯を巻いていく。
ちなみに私の個性は必要最低限使わないようにしている。他人を治癒する代償に自分の体力が擦り減っていくため、ケガが絶えないこの場所で個性を使い続けたら倒れかねない。
それを鶴見さんに相談したところ、承諾してもらえた。
「ありがとうなまえ先生、もうケガしないように気を付ける」
『それ昨日も聞いたよ〜ほんと命を大切にしてね』
この戦争の時代の人に命を大切になんて無責任な気もしてあまり発してはいなかったけど。
触れ合うごとにやはり愛着は沸くわけで、誰一人死んでほしくない。
手をひらひらと振って洋平くんを見送りふうと息をつく。
壁の掛け時計に目をやると療養所への訪問の時間だった。白衣を羽織り部屋を出る。
ちなみに私の服装だが、明治大正ロマンといえば、袴にブーツは現代でも和装おしゃれの部類に入るが、洋服を着ている。かといって街で売っている女性用の洋服はひらひらしたワンピースタイプの物が多く、鶴見さんに頼み軍服のパンツとワイシャツを支給してもらった。常日頃からパンツスタイルだったため、それに白衣を羽織れば完璧なる仕事着の完成だ。
さすがに街に出る際はきちんとした和装はするけども。
『失礼しまーす』
療養所に着きノックをして中に入ると窓側のベッドの上で銃の手入れをする男が一人。
私に気が付くと顔を上げたがそれは一瞬ですぐさま銃に興味を戻した。
『尾形さん、安静にしてって昨日も言いましたよね?』
「…またテメェか…安静にしすぎて逆に気が狂いそうだ」
『死にかけた人が良く言いますね』
その人は3か月前に私が川辺で衰弱していた所を治癒個性で助けた尾形百之助さん。
低体温症に顎の骨折、右腕も折れていてひどい状態だった。
私は医者ではないため直接的な治療は出来ないが個性を使ったことによりだいぶ症状は和らいだはずだ。
あそこで尾形さんを見つけられなかったら、彼はどうなっていたのだろう。
『とにかく、腕も骨折してたんですよ?くっついたとは言えこんな重いもの持たないでください』
「あっ、触んじゃねぇ」
聞かない尾形さんの手から銃を奪いいつもの定位置に戻す。
筋肉量やガタイの良さを考えるともちろん尾形さんのほうが上なわけだけど、病み上がりの彼からそれを奪うのは簡単だった。
ちなみにこのやり取りは今日で5回目である。
『油断は禁物ですよ。それにまだお顔の包帯取れてないんですから、またお仕事に戻りたいならきちんと言うこと聞いてください。じゃないと夕飯にしいたけ入れてもらいますよ』
「……」
尾形さんはわざとらしくため息をつき、素直にベッドに寝転がった。
食堂のおばちゃん曰く、尾形さんはしいたけが苦手らしい。想像以上にしいたけパワーは絶大である。
大人しくなった尾形さんに本来の目的である毎日の状態確認のためいくつか質問をしていく。
珍しく素直に答えてくれたためいつもより早く回診が終わりそうだ。
紙に内容を記入していると不意に「なぁ」と尾形さんが声をかけてきた。
彼のほうから声をかけてくるのは珍しく驚いたがすぐに『はい、どうしました?』と声をかけた。
「…なんであの時、接吻した?」
その質問に目を見開き『は?』と答えると尾形さんは「あ?」と返してきた。
いやいやいや待て、尾形さんの言う接吻…キスは間違いなく私の個性のことで、でもあの時確かに尾形さんの意識はなかったはず。
かといって鶴見さんや月島さんが言うだろうか?
月島「みょうじさん、お前に接吻してたぞ。よかったな」
いやいやいやないないない。あの寡黙で仕事か筋トレにしか興味なさそうな月島さんがそんなこと言うわけが無い。
「ははぁ、なんで知ってるんだ?って顔だな。お前が接吻をしたとき、体がじわじわと温かくなるのを感じて一瞬意識が戻った。まぁすぐに落ちたがな」
正直個性を使うためのキスに今さら抵抗はない。しかしこう改めて言われると小恥ずかしいものがある。
「衰弱した病人に盛るほど飢えてたのかよなまえ先生」と尾形さんはお得意の嫌味な笑みを浮かべる。
正直あらぬ誤解を与えるのは非常に嫌なので、鶴見さんに止められてはいたが尾形さんにも話すことにした。
実際にそれで治癒したんだから彼には聞く権利があるだろう。
『個性っていう能力です』
「あ?個性?」
『はい、言葉で伝えるよりも見てもらったほうが早いですね』
首を傾げる尾形さんに私は懐から洋鋏を取り出し指先を少し切った。ジワリと血が滲む指先にキスをして離せばその指先は何事もなかったかのように元通りだった。
尾形さんを見やれば猫のように瞳孔が細められていた。私の個性よりもそっちのほうがすごいんだけど…
尾形さんは身を起こし「貸せ」とだけ言って私の手首を掴むとその指先をまじまじと見つめている。なんだかこれ、すごく恥ずかしいんだけど。
すると尾形さんは自分の利き手じゃない方の親指にガリッと犬歯を立てた。親指の先から血が滲みそれを私に向かって突き出すと、「やれよ」とだけ言った。えぇ…怖い。
『わかりました、失礼しますね』
尾形さんの手を取り自分にしたのと同じようにキスをする。視線をビシバシ感じ恥ずかしかったがすぐに治癒は終わり傷跡もきれいに消えた。『できましたよ』と手を離すと、尾形さんは親指をじっくりと観察してから顔を上げた。
「てめぇ、いったい何もんだ」
『まぁ、そうなりますよね。話してもいいですが、絶対に誰にも言わないでくださいね』
「なんだ早く言え」
『私はどうやら今から100年以上先の未来から来たようです。』
そう言うと尾形さんは豆鉄砲を食らった鳩のような顔になった。
今の写メ取りたかった。
「…そんなことありえるのかよ…証拠は?」
『私も信じられませんでしたよ。証拠を出すとしたらこれですかね?』
と言ってポケットからスマホを出し尾形さんに見せた。
「なんだその板は」
『これは電話です。スマートホンって言います。通話以外にも写真が撮れるんですよ』
カメラを起動させ尾形さんにレンズを向けるとカシャッという音が鳴り驚いた顔の尾形さんが撮れた。
それを見せると「白黒じゃねぇ」と画面をまじまじと覗き込んでいた。
『あと、私の能力、個性って言うんですけどある瞬間から人類にその特異体質が発症して今に至ります。私は治癒という個性で、口付けをすることにより相手の症状を和らげることができます』
「それで俺の体温を上昇させたと」
『はい、そういうことになります。しかし治療とは言え見ず知らずの女からの接吻は不快でしたよね、申し訳ないです』
「まぁこの時代そんなに接吻を安売りする阿婆擦れは貴女ぐらいでしょうな」
『あばっ…まぁそう思われても仕方ないくらい個性は使ってます』
尾形さんはフンと鼻を鳴らすと「まぁ信じてやる」と再びベッドに寝ころんだ。
『ありがとうございます。でも本当に言わないでくださいね!知ってるのは尾形さんと鶴見さんと月島さんだけですからね』
「あの二人も知っているのか…まぁ俺には関係ないが、鶴見中尉には重々気を付けるこった」
『え?それってどういうことですか?』
「さぁな、俺は寝る。もう銃の手入れはしないから出て行ってくれ」
そう言って尾形さんは布団を首元まで被っってこちらに背を向けた。
『はぁわかりました。じゃあくれぐれも安静にしてくださいね』
「あぁ」
尾形さんがひらっと手を上げたのを確認し私は療養所を後にした。
この時は今後尾形さんと深くかかわって行くなんて夢にも思っていなかった。