#39
『お腹すいたぁ…』
「お腹すいたねぇ…」
『のどかだねぇ〜』
「のどかだねぇ〜」
「………」
旭川第七師団本部から白石さんを奪還し追っ手から逃れるために大荒れの大雪山を越えるサバイバルを経験してから早くも数日が経過していた。
本来ならばそのまま東の方面に進み網走へ向かうのが当初の予定だったけど「あいつらは俺たちの進路を読んでいるはずだ」という杉元くんの意見に一同賛同し、十勝方面に下山して釧路へ寄って網走に向かうこととなった。
そうすることによって第七師団の追っ手も撒けるのが第一だけど、旭川で射殺された鈴川聖弘が「釧路に入れ墨の囚人の情報がある」と言っていた。
『鈴川聖弘の情報が本当かどうかわかんないけど、本当にこんなのどかな場所に囚人がいるのかなぁ〜』
そして今現在私は白石さんと尾形さんとともに絶賛お留守番中だ。
釧路湿原、とは前の世界でも聞いた事はあったけど実際に来てみるととても広い湿原で遠くの方に鶴が数羽見える。
こんな場所で大の大人が3人並んで体操座りをして留守番中というのがなんともシュールだけどのどかなシチュエーションに少しうとうとし始めていた。
あ、ちなみに杉元くんとアシリパちゃんは食料を探しに行ってくれている。
「まぁ囚人は見つからないように変装をしてその地に潜伏してるだろうからね。隠れるには賑やかな街中も良いけど、逆にこんな静かな場所にも囚人は隠れてるよ」
「脱獄王であるオレが保証する☆」とパチンとウインクをする白石さんに『そっかぁ〜』とだけ返して欠伸をひとつ。
「なまえちゃん興味ないでしょ」と白石さんには文句を言われ、「いつ追っ手が来るかもわからん状態で気を抜くな」と尾形さんには頬を抓られた。
『いふぁい!いふぁい!!はなひてくだひゃい!!』
「痛くしてるんだ当然だ。…ははぁ、ブスだな」
『!!!ひどい!!』
尾形さんとは色々あったけど、特に関係が大きく変わるわけでもなくこうやって今まで通りディスられるし雑に扱われるけども逆にその方が私も居心地が良かった。
「オレを置いてけぼりにしてイチャつかないでよね〜」
『イチャ…どこが!?』
まぁ白石さんや杉元くんには度々弄られるのだけどそれももう慣れた。
アシリパちゃんは「みょうじと尾形は仲が良いな!仲が良いのは良い事だ!」と曇りなき純粋な眼を向けてくる。マジ天使。
尾形さんに抓られた頬を手で摩っていると遠くの方から「おーい」と声が聞こえそっちに顔を向けると杉元くんとアシリパちゃんの姿が見え私は立ち上がり大きく手を振った。
『杉元くん、アシリパちゃんおかえり〜!!』
「ただいまなまえさん、見てくれ丹頂鶴が捕れたんだ」
『丹頂鶴!?』
杉元くんの腕の中には大きな丹頂鶴。こんなそばで見るのは初めてだ。
するといつもは食に執着のあるアシリパちゃんが何も言わず静かでさらには微妙な顔をしている。
『アシリパちゃん、どうしたの?浮かない顔して…』
「みょうじ…、実は…」
アシリパちゃんは重たい口をゆっくりと開いた。まさか何かあったんじゃ…と思い私もゴクリと唾を飲み込んだ。
「みょうじ…」
『うん、ゆっくりでいいよアシリパちゃん。どうしたの?』
「丹頂鶴よりマナヅルの方がうまいんだ…!」
『……あ、そうなんだ』
アシリパちゃんはそれはもう悔しそうに拳を握り締めた。眉間にシワを寄せて歯も食いしばっている。
さすがアシリパちゃんというかなんというか、思わず素の言葉が漏れたけど悪いことがあって落ち込んでるわけじゃないみたいで安心した。
そもそも鶴の味の違いなんてあるの?と思っていたけどこのあとアシリパちゃんが作ってくれた鶴の汁でその意味を痛感した。なんというか匂いが苦手だ。
アシリパちゃんはマナヅルの方がうまいって言ってたけどそんなにも味が違うんだろうか。少し興味が湧いた。
生き物から命を頂いている以上感謝はするしお腹も空いていたから残すなんてことはしないけど、杉元くんや白石さんも微妙な顔で鶴の肉を咀嚼している。尾形さんは相変わらず無表情だけど。
「泥臭いような変な匂いがするだろう?」
「じゃあなんで丹頂鶴なんて獲ってきたんだよ」
汁を啜りながらぷんぷんする白石さんにアシリパちゃんは「杉元のためだ」と言った。
『杉元くんのため?』
「オレ?」
「普段は私も丹頂鶴は獲らないが、杉元が「北海道の珍味を食べ尽くしたいんだ」といつも言っていたから…」
「言ってねぇだろ、俺の旅はそんな理由じゃないんだよ」
『杉元くんそんな理由で旅してたの?』
「なまえさん、俺の話聞いてたかい?」
するとアシリパちゃんは杉元くんに金塊を探す理由を聞いた。アシリパちゃんはまだ知らなかったのか。
「まだ言ってなかったっけ…?戦争で死んだ親友の嫁さんをアメリカに連れて行って目の治療をさせてやりたいんだ」
するといままで黙っていた尾形さんは前髪を掻き上げ口を開いた。
「惚れた女のためってのはその未亡人のことか?」
「えっ、そうなの?」
私に話してくれた時には惚れた腫れたなんて特にそんなことは言っていなかった。けど問う白石さんと尾形さんに何も返さない杉元くんを見る限りあまり話したくないことなのかもしれないと思い話を変えようとしたところで、突然アシリパちゃんが立ち上がった。
「フン トリ フン チカプ」
『?!アシリパちゃん!?』
アシリパちゃんは服を頭に被りまるで鶴のように両腕を羽ばたかせて突然に踊り出した。
「ア、アシリパさん、何してるの?」
「鶴の舞(サロルンリムせ)釧路に伝わる踊りだ」
そう言ってアシリパちゃんは無心で踊っている。なんでもこの踊りをするとヒグマが逃げていくそうだ。
「へぇ、でもなんで急に踊ったの?」と問う杉元くんにアシリパちゃんは「鶴食べたから」と返した。
『鶴食べたら勝手に踊りだすの?!尾形さんも!?』
逆に見てみたい!と尾形さんに振り向くと「なわけあるかアホ」とデコピンをされた。だからこれ地味に痛いんだって。
頬の次はオデコを摩っていると、尾形さんがスッと銃に手を掛けた。
「誰かくるぞ…」
『えっ…追っ手!?』
全員がそちらに目を向けるとそこには。
「ほら見て!やっぱりアシリパだ!他の人はわからないけど!」
「ですね」
遠くから湿原を走ってくる2人の姿に目を凝らすとそれは以前に競馬場で会った占い師インカラマッさんとアシリパちゃんと同じくらいの年頃のアイヌの格好をした男の子だった。