#40




『あれはインカラマッさんと、誰?』

「チロンヌプとチカパシ…?なんでこんなところに!?」

『知ってる子?』


走ってきたチカパシと呼ばれた子は「やっと見つけた!」とこちらに駆け寄ってきた。インカラマッさんも遅れて追いついた。足場の悪い湿原を走ってくるのは大変だったんだろうな、息が上がっていた。


『インカラマッさん大丈夫ですか?』

「!…貴女はなまえさん、ありがとうございます。こんな場所走ること中々ありませんから」

インカラマッさんに声をかけると彼女は息を整えながら苦笑いを浮かべた。


「アシリパが踊ってるのが遠くから見えたんだ!」

「私を探していたのか?」

「うん!谷垣ニシパと一緒に探しにきた!」

『!谷垣くん?』

彼の名前を口にした所でハッとした。そういえば前に谷垣くんと会った時たしか尾形さんと戦闘になったとそう言っていた。

チラッと尾形さんの顔を盗み見ると案の定何かを考えるように地面を見つめていた。

第七師団を抜けてから谷垣くんと接触したことは尾形さんには言っていない。何か変な誤解とかされなければいいけど…。

「谷垣…?で、その谷垣はどこにいるんだ?」

白石さんの言葉に周りを見渡しても谷垣くんの姿は見えない。

「一緒に来たんだ!でも…谷垣ニシパが大変なことに…!!」

「……何があったんだ」

慌てて早口で喋るチカパシくんに杉元くんが尋ねると今度はインカラマッさんが口を開いた。

「谷垣ニシパは私たちを巻き込みたくなくてはぐれました。谷垣ニシパは昨日から追われています」

『お、追われてるって誰に…?』


インカラマッさんの話によると、最近この辺りで家畜や野生の鹿を斬殺して粗末に扱う人間がいるらしく、谷垣くんがその犯人だと疑われ追われているようだ。「カムイを穢す人間がいる」と地元の人たちも殺気立っているらしい。

「さっきアシリパさんと食料を探しに森に入った時、メッタ刺しにされて放置された鹿の死体を見つけた。ヒグマにやられたのかと思ったが、どうやら同じ犯人の可能性が高いな」

『で、でもなんで谷垣くんが疑われてるの?』

「…4日前のことです。私たちは現地のアイヌの男たちと会いました。そのうちの1人が谷垣ニシパが持っていた村田銃の元の持ち主の事を知っていて少し話をしました」

アイヌの人たちとはそこですぐに別れたそうだけど、その後不審な男と出会ったらしい。

名前は姉畑支遁。学者で北海道で動植物の研究をしている男なのだとか。

「その日は姉畑支遁と野宿をしました。翌日目を覚ますとその男と共に谷垣ニシパの銃と弾薬が消えていました」

『まさか、その男が谷垣くんの銃で鹿を…?』

「その可能性が高いです」

すると横で話を聞いていた尾形さんが舌打ちをしてから「銃から目を離すなとあれほど…」と深くため息を吐いた。

「もしかしてそいつが鈴川聖弘が言っていた入れ墨の囚人か?」

「囚人に学者がいるってのは聞いたことがある。あちこちで家畜を殺して回って牧場主に見つかって大怪我させて捕まったとか…」

「鈴川から聞いた情報と一致する、そいつが囚人24人のうちの1人だ」

情報が確信へと変わり私たちは手分けして犯人を探すことになった。







のだけど。


ダァーーーーン


「久しぶりだなぁ、谷垣一等卒」


空に向けて発砲した尾形さん。

湖まで追い詰められた谷垣くん。

その谷垣くんに銃を向けている数人のアイヌの人たち。

尾形さんの後ろでヒェッと情けない声を漏らす私。


杉元くんたちについていけば良かったと後悔した。



「尾形上等兵!それに、なまえさん!?」

『ひ、久しぶり、谷垣くん…』

軽く片手を上げるとアイヌの人たちは「オマエらこいつの仲間か?」とこちらを睨みつけてきた。

尾形さんは「谷垣、きさまは小樽にいたはずだ。何しにここへ来た?」とアイヌの人からの問いを無視してまるで谷垣さんの存在しか見ていないかのように彼に問いかけた。


「鶴見中尉の命令で俺となまえを追ってきたのか?」

『お、尾形さん!谷垣くんはそんな事しません!』

「!テメェは黙ってろ…」

やはり尾形さんは谷垣くんの事を疑っている。思わず口を挟むと、尾形さんの真っ黒な瞳に睨まれグッと押し黙った。

「俺はとっくに降りた!軍にもあんたにも関わる気はない!なまえさんも今はもう俺の友人だ」

『谷垣くん…』

「世話になった婆ちゃんの元に孫娘を無事に返す。それが俺の『役目』だ」

谷垣くんは尾形さんを真っ直ぐ見つめそう言った。

すると尾形さんは髪を掻き上げフッと笑う。それを見てフゥと息を吐くと、ジャキッとボルトハンドルを引く音がし再び尾形さんを見上げると悪い笑みを浮かべていた。

『尾形さん!?』

「谷垣ぃ、頼めよ「助けてください尾形上等兵殿」と」

アイヌの人は「銃を捨てろ!!」と声を荒げるも尾形さんがそれに応じるわけもなく現場に緊張が走った。

「あんたの助ける方法なんて……尾形上等兵!あんたはこの人たちを皆殺しにする選択しか取らないだろう…手を出すな!!話し合えばきっと分かってくれる」

谷垣くんの「皆殺し」という言葉にアイヌの人たちがザワつき殺気立つのが分かった。

「ははッ遠慮するなって」

『尾形さん!谷垣くんの言う通りです!銃を下げてください!』

「…なまえ、テメェは黙ってろと言ったはずだ。死にたくねぇなら下がってろ」

尾形さんがこっちに視線を向けたその時、アイヌの人が「銃を捨てろ!」と尾形さんに銃口を向けた。


その瞬間尾形さんの殺気が強まりビクッと体が固まった。

「俺に銃を向けるな、殺すぞ?」

聞いたことも無いその地を這うような低い声に体が震えた。自分の敵は躊躇なく殺す、それが尾形さんだ。

でもここでアイヌの人たちを殺せば私たちだけじゃくアシリパちゃんや杉元くんたちをも巻き込んでしまう。

震える腕をもう片方の手で掴み思いきり爪を立てて正気を保ちもう一度『ダメ!!!』と声を上げようとした所で「テッポ アマ ヤン」と声が聞こえそっちに目を向けると立派な髭を携えたお爺さんが立っていた。

アイヌの人たちは「エカシ」と言って銃を下げた。恐らくこの人は村の長でアイヌの言葉はわからないけど「銃を下ろせ」とでも言ったのだろう。

アイヌの人たちはエカシの命令に従い谷垣くん村に連れて行くと言った。村に連れて行かれてどうなるかはわからないけど、ひとまず一時休戦だ。


『ハァ』

フッと気の抜けた私は腕を掴んだままその場に座り込んだ。腕を見下ろすと思った以上に強く爪を立てていたようで血が滲んでいた。

「おい」

『!』

声をかけてきたのは尾形さん。すでに先ほどまでの殺気はないけど思わず肩をビクッと震わすと頭上から「ハァ、悪かった」と声が聞こえポンと頭の上に手が乗せられた。

尾形さんは私の目線までしゃがむと血の滲んだ腕を見てギョッとした。

「それは…」

『あ…だ、大丈夫です。すぐ治せますから』

苦笑いを浮かべて手を離すとクッキリと爪の痕が残っていた。その痕にキスをして個性を使う。大きな傷でもなかったから痕はキレイさっぱりとなくなった。

『ほらもう大丈夫ですから』

『私たちも村に行きましょう』と立ち上がろうと足に力を入れた所で違和感。

『……』

「……」

『腰が抜けた』

「……ハァ」

尾形さんは心底面倒くさそうにため息を吐いた。元はと言えばあなたの殺気のせいですけど!?

すると尾形さんは「面倒くせぇ女だな」と言って私の背中に腕を回した。

え?と思った瞬間フワッと体が持ち上げられ出そうになった悲鳴を抑えた結果『ギャッ!!』となんとも色気のない声が漏れた。

「もっとマシな悲鳴は出ないのか」

『だだだだだって、尾形さん、コレ…』

「うるせぇ黙ってしがみついてろ」

所謂お姫様抱っこというやつで、今なら顔面から火炎放射が出せるかもしれないそう思った。

前の世界の時ヴィランとの戦闘の後個性の使いすぎで動けなくなりその場にいたヒーローに一度だけ同じように抱えられてそれでも恥ずかしかったのに、好きな人にこんな事をされるなんて穴があったら埋まりたい気分になった、恥ずかしさと嬉しさが混ざって訳が分からなくなりそうだ。

「暴れたら落とすからな」

『ひどい!!』

とにかく落とされるのはごめんだと恐る恐る尾形さんの首に腕を回す。こんな近距離に尾形さん、と心の臓が潰れそうになりながらも目を白黒させていると「フッ」と尾形さんの笑う声が聞こえて顔を上げると目元にふにっと柔らかい物が当てられキスされたと気付くのに少し時間がかかった。

『お、尾形さん…?』

「怖がらせて悪かった」

尾形さんはそれだけ言って谷垣さんと彼を連行するアイヌの人たちの後を追った。


抱き上げられて至近距離でキスまでされて、私は耳まで真っ赤で『どうか前を行く谷垣くんたちがこっちを向きませんように』とただひたすらにそう願った。