#42


杉元くんとアシリパちゃんを見送り2日が経った。

ふと尾形さんと杉元くん、そしてアシリパちゃんのやり取りを思い出していた。






「私と杉元は3日以内に姉畑支遁を連れてくる。でももし期限内に見つけられなかったら…」

そう言ってアシリパちゃんはプと呼ばれる食糧庫に座る尾形さんを見上げた。

「尾形が谷垣を守ってくれ」

尾形さんは谷垣くんがいる子熊の檻をチラッと見ると、はぁと息を吐いて前髪を掻き上げた。
私もアシリパちゃんと同意見で、3日以内にこの広い湿原にいる顔もわからない人物を探すのは不可能だと思っていたから隣に座る尾形さんの表情を盗み見る。

「あの子熊ちゃんを助けて俺に何の得がある?」

うん。別に期待をしていた訳じゃないけど、それでこそ尾形さんだ。ここで素直に頷くもんなら具合でも悪いのかもしれない。

「オイなまえ、テメェ全部聞こえてんだよ」

『!いふぁい、いふぁいれす!!』

尾形さんは私の頬を片手でつねりなが話を続けた。

「それに、奴は鶴見中尉の命令で俺たちを追ってきた可能性が高い」

さっき尾形さんと谷垣くんが再会して一悶着あった時、谷垣くんはそれを否定したけど尾形さんはそれを全く信用していないみたいだ。

「谷垣は、鶴見中尉を信じ造反した戦友3人を山で殺した男だ」

尾形さんに頬をつねられたままで反論は出来ないけど谷垣くんがそんなことするはずがない。すると今まで黙っていた杉元くんが「ちょっと待て」と言葉を挟んだ。

「その3人ってのは谷垣と一緒にいた奴らのことか?そいつらを殺したのはヒグマだ」

私の頬からパッと手を離した尾形さんは「ヒグマだと?」と返し、それに対し杉元くんは頷いた。

「そいつらと遭遇した時にヒグマが現れて3人ともヒグマに襲われたんだよ」

『そんなことがあったんだ、でも杉元くんよく平気だったね』

「その前にちょうどアシリパさんからヒグマの狩猟の話を聞いててさ、そいつの巣穴に飛び込んだんだよ」

なんでも巣穴に飛び込んだ人間をヒグマは襲わないらしい。そんな都市伝説みたいな話ある?でもそれで助かった杉元くんはやっぱり不死身なのかもしれない。

「谷垣の無実はその場にいた俺が保証するよ」

「谷垣は私といるときに足を負傷してそのあと私のコタンにいたんだ。それに谷垣は軍人からマタギに戻りたがっていた、それに谷垣に何かあったらフチが悲しむ」

私が谷垣くんと再会したのはアシリパちゃんのコタンでだし、再会した数日前にそのチセに尾形さんと浩平くんも来たという話を本人から聞いた。

『わ…私も、谷垣くんはそんなことしないって信じてます…』

尾形さんの殺気がちょっとトラウマで控えめに小さく呟いた。それが尾形さんに聞こえたかどうかはわからないけど、チラッとこちらに目を向けてから小さく舌打ちをした。

思わずびくりと肩を揺らすと尾形さんは私の腕を軽く握った。そこは尾形さんの殺気に耐えるために自ら爪を立てた場所。もちろん治癒をしたから痕なんか残ってない。

『尾形さん?』

不思議に思い尾形さんの方を見ると「なまえ、わかったからそんな顔すんな…」とボソリと呟いた。

ぶっきらぼうだけど気を遣ってくれたのだろうかと思うと心臓がきゅうんとした。やっぱりこの人はツンデレなんだな。(本人に言っても理解してくれないけど)

「それに尾形ァ、アシリパさんの頼みを聞かねぇと…嫌われて獲った獲物の脳みそもらえなくなるぞ。なまえさんにも嫌われるかもな」

「みょうじに嫌われたら尾形は大変だな」

追い討ちをかけるようにニヤニヤする杉元くんとアシリパちゃんに尾形さんは軽く舌打ちをして前髪を掻き上げた。


「言っとくが、俺の助ける方法は選択肢が少ないぞ…」

口元に笑みを浮かべて銃を手に持ち少し遠くで話している村人たちに目を向ける尾形さん。
谷垣くんが言っていた、尾形さんが谷垣くんを助ける方法はここにいる人たちを皆殺しにすること。

そんなことはさせない。表情を曇らすアシリパちゃんを見て私に出来ることをしようと、尾形さんが村人たちに襲い掛からないように私の腕を掴んでいた手を外してギュッと握りしめた。

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「そろそろ、潮時かもな」

『えっ…』

隣に座る尾形さんに意識を戻し、その手を思わず握りしめた。

「明日で期限の3日目だ、昨日に比べて監視は緩いが明日はそうもいかんだろう。」

『もしかして…本当に皆殺しに……ってイタッ』

まさかと言う私に尾形さんは「やらねぇよ」と言ってデコピンをした。
そしてそのまま前髪を掻き上げられ髪を撫でられた。

『お、尾形さん?』

「脳みそを杉元やアシリパに食われるのも癪だが……お前に嫌われたくないからな」

『っ……』

「監視が緩いうちに脱走を企てるか……」

突然のデレに顔に熱が集中するのを感じた。何も言わない私に不思議に思ったのか尾形さんは「おいなまえ」とこちらに目をやると真っ赤になっている私を見てぶはっと吹き出した。

『もう、笑わないでください…どうせブスですよ』

こう言う時は決まって「ブスだな」と言う尾形さん。恥ずかしさを抑えるように両手で顔を隠すように覆うと、「アホか」と言って顔を隠す手を尾形さんの手によって外される。

「隠してんじゃねぇよ、よく見せろブス」

『ほら言った!!!もう尾形さん嫌い!!』

尾形さんの手から逃げようと狭いプの上で暴れたもんだからバランスを崩しそうになる。だけどそんな私を支えるくらいなんでも無いかのように「おい暴れんな」と言って腰に手を回し引き寄せられ思わず変な声が漏れた。

グッと彼との距離が近くなり心拍数が上がる。それを知ってか尾形さんはふっと目を細めると熱を持つ私の頬に手を添え撫でる。


「惚れた女の顔ならどんな顔でも見たいんだが、悪いか?」

『っ…!?』

バッと顔を上げると満足げな表情を浮かべる尾形さん。たまに投下されるこの甘い爆弾に耐性が付くことはこの先ないだろう。
それに表情こそ読み取りにくいのに私に頬に触れる手はとても優しい。

『…尾形さんって本当にずるい』

「ははぁ、それは褒め言葉だなぁなまえ先生」

「で、嫌いになったか?」と楽しそうに笑みを浮かべる尾形さんに悔しさを感じつつも首を横に振る。

『大好き』

そう言ってお互い唇が触れ合いそうなほどに近付いていた距離を私の方からつめた。










「……脱走を企てるんじゃないのか?」

子熊の檻の中から一連の流れを見せつけられていた谷垣は体操座りをしながらボソッと呟いた。