#07



『ふんふふーん』


鼻歌を歌いながら洗濯物を干していると兵士の方々に笑われた。

月が替わり4月になり日中は上着が要らないくらい暖かい日もあった。

でもさすがは北海道、山の方はまだ雪が残っているらしい。

「洗濯物日和がそんなにうれしいのかい?なまえ先生」と言われ『春って良いですね
〜』と適当に返す。

洗濯物日和ももちろん嬉しいけど、今日のメインはソレではない。

今日は尾形さんの包帯が取れる日なのだ。

先生日く、包帯を取るのは午後で、洗濯物を早々と終らせ、訓練で怪我をした兵士さんの軽い手当てをし談笑しながら午前中を過ごした。

「なまえ先生、尾形上等兵殿の包帯が取れるのがそんなに嬉しいんですか?」

そう聞いてきたのは一等卒の三島くん。

また鼻歌が漏れていたのか可笑しそうに笑う彼は、健毛は長くぱっちり二重で綺麗なお顔立ちをしている。

『嬉しいよ。私は医者じゃないから対したことは出来なかったけど、誰かが元気になる姿は見てて嬉しいかな』

「そうなのですね。尾形上等兵殿は無口で何を考えていらっしゃるかわからない事の方が多いけど、狙撃は第七師団一の腕前だからまたご指導ご鞭撻していただきたいものです」

『狙撃の名手だったっけ?銃は怖いけど私も早く尾形さんの腕前見てみたいなぁ』

『はい終了』と包帯を巻いた三島くんの腕をポンと軽く押さえると三島くんは「ありがとうございます」と笑った。

三島くんを見送り、片付け時計を見るともうすぐ昼過ぎでそろそろ行こうかと椅子から立ち上がったところ、コンコンと扉を叩く音がした。

『どうぞ』と声をかけるとそこには鶴見さんと月島さんがいた。

『鶴見さんに月島さん!どうされました?』
「いやちょっとね、お邪魔するよ」

中に入ってもらい椅子を勧めたが手短に終らせたいと、立ったまま用件を聞くことにした。月島さんは鶴見さんの斜め後で待機している。

『どうされたんですか?』

「簡潔に話そうか。尾形百之助上等兵が療養所を抜け出した。何か知っていることはないかね?」

『尾形さんが、抜け出した…?』

驚く私を他所に鶴見さんは続けた。

「その様子だと何も知らないようだね。昨日遅くに抜け出したようで朝ベッドの中はもぬけの殻、尾形上等兵の荷物も銃もなくなっていた。あと二階堂浩平の姿も見えなくなっている。2人は一緒にいる可能性が高い」

「そこで捜索隊を出すんだが、なまえくんにも同行してもらいたくてね」

鶴見さんの言葉に頭が回らず『はい…』とだけ返すと鶴見さんは満足そうに頷いて月島さんを連れて部屋を出て行った。

彼らが部屋を出て行ったのを確認してベッドに座り込み、昨日の尾形さんを思い出していた。

特に変わった様子もなくいつも通り体調を確認して『明日ようやく包帯取れますね!』と私ばかりが張り切って尾形さんはいつも通りそれを鬱陶しがっていた。

でも部屋を出るときに「なまえ…」と名前を呼ばれて振り返ると「世話になった」ってロ元に笑みを浮かべるもんだから思わず泣きそうになったんだっけ。

『捜索して見つかったら、尾形さんと浩平くんはどうなるんだろう?』

私の呟きは静かな部屋に消えた。










『考えるより先に体が動いていた、うん、仕方ない』


そう答えればヒーローとしての素質は認められるかもしれないけれど、この状況は自分でもどうかしていると思った。

しかし、いてもたってもいられず、兵舎を飛び出した。
見張りの兵士の方には『日用品の補充に行って来ます』とだけ言って出てきたため嘘をついて抜け出してしまった次第だけど。

『本当に雪が残ってる…山の方はまだまだ冬なんだね』

私は支給された詰襟のシャツの下にトリップしてきた日に着ていたあったかインナーと軍袴を身に着け上着の前をしっかりと上まで閉めて雪山を歩いていた。

『出てきた所で尾形さんと浩平くんを見つけれるわけないのに…私、何してるんだろう』

きっと未来にいた時の自分ならこんな事絶対にしない。
保健室に篭ってばかりで、 外に出れば捕らわれると学校と寮の行き来がメインで正直楽しみなんてほとんどなかった。
私も一応ヒーローなんだけど…と思いながらも日々退屈に思っていた矢先トリップして、正直
最初は散々だったし最悪だったけどいろんな人と出合って、喧嘩もして刺激ばかりの毎日だった。

『まあ、その刺激を与えてくれた場所を抜け出したわけだけど』

はあとため息を付きながらあてもなく歩いていると話し声が聞こえ私はピタリと足を止めた。

耳を澄ますと幾つかの笑い声、多分2人か3人くらいいる。女の子の声も聞こえるから尾形さん達ではなさそうだ。

ざくざくと雪を踏んで歩いていくと川辺に辿り着きその川に手を入れ水を救い上げ喉を潤した。

すると突然 「あー!」と声が上がり思わず水を噴出した。

ロ元を拭い咳き込みながら顔を上げるとそこには坊主頭の男の人がいた。

するとその人の後方から「どうした白石」と可愛らしい不思議な格好をした女の子と強面の男の人が歩いて来て囲まれた。

「お前はシサムか?」
『シ、シサム?』

女の子の言葉に首を傾げると、坊主頭の人がずいっと間を割って入ってきた。

「はい!はいはい!!自分、白石由竹です。一途なので僕とお付き合いしませんか?」

『えっ…あ、それは…ちょっと』

「白石ちょっと黙ってろ。 困ってんだろ」

三者三様一気に喋られ軽く目眩がした。私は聖徳太子じゃない。

「女が山に1人で何をしているんだい?連れは?」と言う強面の人に『1人です』と首を横に振った。

「シサム、お前名前はなんと言うんだ?」

『みょうじなまえといいます。ところでシサムって何ですか?』

女の子がそばまでやって来てその服装を改めて見る。
不思議な服装だけど、どこかで見たような。

「みょうじか!私はアシリパ、アイヌだ。シサムはアイヌから見た和人のことを言うんだ」

アイヌ民族!どこかで見たことあるようなと思ったらこれまた教科書だ。

「なまえちゃんかぁ、可愛らしい名前だ」

「みょうじ!さっきも言っていたがコイツは白石、役立たずだ!」

自信満々に言うアシリバちゃんに白石さんは「クーン」と寂しそうに鳴いている。

白石さん、私と年近そうだけど完全にアシリバちゃんの方が優位に立っているのかな?

「俺は杉元佐一だ」

強面の人はそう言って手を差し出して来た。
握手をするため私も手を伸ばしたが掴む手前でピタリと止まる。


杉 元 佐 一 ?



ハッとして私は杉元佐一の手をバシッと叩いてしまった。

彼は「え?」と驚いていて白石さんは「やーい杉元嫌われてやんの〜」と揶揄している。


『杉元佐一…不死身の杉元…?』


そう口にした瞬間、私は雪の上に倒れこんでいた。
物凄い力に咳き込み目を開けると目の前には凄い形相の杉元佐一の顔。


遠くでアシリパちゃんが 「杉元!!!!」と叫ぶ声が聞こえた。