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「少し、二人だけでお話ししたいんですの 場所を移してもよろしいかしら?」
「私は別に構わないのだが」
「おい待てよ なんで場所を移す必要がある。話があるならここで話せよ」
「フフ、まるで野生の獣のような目つきだ。ーーということなのだがお嬢さん どうする?」
バーのカウンターに座っていたエースがレイリーを睨みつけながら威嚇するようにそう言った。まずい。エースはロジャーを嫌っていた。その憎んでいた人物に最も近しい位置にいるレイリーに敵意を向けるのは少なからず可能性としてあったのに、そこまで考えが回っていなかった。
「エース、あなたがロジャーを憎んでいたのはしょうがない事ですけどレイリーは関係ないでしょう?」
「関係なくねェだろ なァ?”海賊王の右腕”さんよ」
「よしてくれ もはや老体。そんな称号は過去の栄光に過ぎないのだよ」
エースは変わらずレイリーを睨みつけ、レイリーはそんなエースを見て余裕の笑みを湛えている。私は助けを求めてジンベエに話しかけた。
「どうしましょうジンベエちゃん、わたくしがエースとレイリーを合わせてしまったから」
「過ぎたことを悔やんでも仕方ない ひとまずエースさんはわしがなんとかする エレナ、お前さんはその間に用件を話してくるんじゃ」
「そ、そうですわよね さすがジンベエちゃん!ありがとうございまし」
ジンベエがコクリと頷いた。犬猿の仲である二人に視線を向けた時、エースが目を丸くして私を見つめていた。な、なんだ?どうしたんだ一体。
「エレナ…お前なんでおれがあいつを憎んでるって知ってるんだ?」
エースのその言葉に私の頭の中は一瞬にして真っ白になった。”あいつ”とはロジャーのことだろう。……やってしまった。そうだよ、エースがそこを疑問に思うのは無理もない。だってエースはそんなこと私に一言も言ってないから。エースの本当の父親を知っているのは天竜人だから情報が回ってきたと言えば百歩譲って誤魔化せるかもしれない。
だがいくら天竜人でも人の心情を知るのは到底無理な話だ。
私は考える。この状況を打破する策を。
「普通に考えたらわかる話ですわ。もしわたくしがエースのように海賊王の娘なら私だって父親を憎んだかもしれません」
「……」
黙ったままのエースに私は続ける。
「海賊王という世間一般では”悪”とされる人間が父親ならば子供だけならずその家族全員が世界から疎まれますわ きっとエースが子供の頃は生きづらかったのかもしれません」
一度言葉を切ってエースを見つめる。この状況を打破するという名目もあるけど、今私が言っている言葉は私が常々思っていたことだ。
「わたくしはエースじゃないから本当のところどう思ってるのかはわかりませんが、まことしやかな父親の悪口を沢山耳にして、いろいろな考えに至ってそれがなんらかの形で憎しみに変わるというのは不思議な話ではありませんわ」
「……」
黙りこくっているエースに不安になる。何も知らねェくせに生意気な、と思われているのかもしれない。私だってエースの立場なら何も知らないクソガキが、と思う可能性はある。
そのことに内心とてもしょんぼりしているとレイリーが笑った。
「あァ、すまない。あまりにもお嬢さんが年齢の割に大人びていて少し驚いてな」
「そ、そうかしら?そんなことありませんわ わたくしはただ思ったことを言っただけですし」
「いいや 私の目は誤魔化せないぞ。ーーキミは一体何者かね?」
ヒクリ、と私の頬が引きつった。エースの問題もまだ解決していないのに立て続けにこれだ。絶体絶命とはまさに今この場のことを言うんだろう。こんな緊迫した状況にも関わらず呑気にオレンジジュースを飲むルフィが羨ましくなった。