序 12



どんどんどん、と激しく何かを叩く音が耳に届く。眠りの海の波間をたゆたっていた良玄は浅い眠りからふっと覚め、目蓋を持ち上げた。
ぼんやりとした像が焦点を結び、自分の部屋の天井が見える。室内はまだ仄かに暗く、青みを帯びている。腹のすき具合からして夜明け前だろう。
こんな時間に誰だ。
眉間に皺をよせた良玄は布団から足を抜いて起き上がると、音のする窓辺へと近づき、勢いよく窓を開け放った。

「「「うわぁっ!!」」」

そのとたん、何かが庭に転がり落ちた。

「…お前ら」

呆れたような顔をする良玄が見下ろす先、庭に仲良く尻もちをついているのは、近所で悪ガキ三人衆として有名な勘介、喜助、東次の三人だ。以前この三人が見世の舞妓の袖の中に蛙を入れるというイタズラをしたとき、見事なたんこぶをくれてやった覚えがある。
それ以来、三人組のなかでは自分は"決して怒らせてはいけない人物"に位置づけられたらしく、こうやって訪ねてくることはおろか、めったに近づいてくることなど無かったのだが…今日はどういう風のふきまわしだろう。妙な胸騒ぎがした。
そして良玄のその予感は正しかった。
「っ、良玄さん!!貴舟が大変なんだよ!!」

すぐに起き上がってきた勘介が、窓から首を伸ばした良玄にも掴みかからん勢いで窓枠にしがみついてくる。
走ってきたのか息は完全に上がっていて、額からはいく筋も汗が流れている。他の二人も同様に荒い息をしていた。
勘介たちの必死の形相から尋常な事態ではないことが伝わってきて、良玄は眉をひそめた。
それに貴舟が大変とはどういうことだ。あいつは部屋で寝ていたんじゃないのか?
いろいろ疑問はあったが、とりあえず事情を知ってそうなこの三人から話を聞きだすことが先決だと思った良玄は、三人へあごをしゃくった。

「とりあえず三人とも表にまわって上がれ。事情はそれから聞く」

朝っぱらから面倒なことになりそうだ。
表にまわる三人の姿を見送った後、良玄は襦袢のうえに羽織をはおりながら内心溜息をついた。
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