序 13



高い位置にある明かりとりの窓から、小鳥のさえずりとともに青白い光が差し込んでいた。外気よりもひんやりとした空気に、吐息が白くにごる。
貴舟は遠い窓を見上げ、ぽつりと呟いた。

「…夢か」

懐かしい夢を見た気がした。










新選組の屯所に着くなり、貴舟は敷地の隅にある土蔵へと放り込まれた。
もちろんのごとく刀はそのまま没収。逃げ出さないように両手足をしっかりと縛られた。同様の理由から土蔵の扉にも鍵がかけられたようだった。扉が閉められる際に、錠前をかけるような金属同士がぶつかる音がした。
まるで猛獣でも閉じ込めるような厳重さだ。
いや、あれだけ派手にやっていたのだから警戒されて当たり前か。今逃げ出すのは無理だな。
貴舟は肩を落とし、溜息をついた。
息が白くにごる。中にこもった空気は少し埃っぽく、背筋がぞっとするほど冷たい。
両手を縛るときに総司が「まぁ、明日の朝の詮議まで、ここでゆっくりくつろいでなよ。これが最後の夜になるかもしれないんだし?」とか言っていたが、こんな状況でどうくつろげというのだろうか。
最後の夜だなんて冗談じゃない。明日の朝ここを出たら、絶対あのお綺麗な顔に一発ぶちこんで逃げてやる。
貴舟はそう決意して、凍死しないようにとの気遣いだろう、差し入れられたせんべい布団にくるまった。
その後の記憶はない。あんまり疲れていたもんだから、勝手に寝落ちたんだろう。
いい寝心地ではなかったが、いくぶん気分はよくなっていた。
硬い床から身を起こし、凝り固まってぱきぱきと鳴る節々をほぐすように首をまわしたり伸びをして軽く柔軟をする。
そうしている間に、明り取り窓から差し込んでいた青白い光がやわらかな黄金色を帯びたものに変わってきた。
そろそろか、と思っていると人の気配とともに土蔵の錠前がはずされる音がして、少し軋む音を立てて扉が開けられた。

「よっ、起きてるか?」
「起きてる」

はきはきとした声に、貴舟はそう短く返した。
暗闇に慣れた目に、扉から差し込む朝日がまぶしい。
逆光で顔がよく見えないが、土蔵に入ってきた男は昨夜の二人とは別の男のようだった。がっしりとした体つきで、髪が短い。

「総司とまともに渡り合ったって聞いたが、ずいぶん華奢だな。お前」

しかも無遠慮だ。
男は土蔵に入ってくるなり貴舟のそばにしゃがみ込み、じろじろと貴舟の顔を見た。貴舟もやや不快に思いつつも、男の顔を見返す。
影に入ってきたことで、貴舟もようやく男の顔をよく見ることができるようになった。
歳は二十代半ばほど。精悍な顔立ちで、気さくな雰囲気の男だ。腰にはやはり刀を差している。
剣呑な感じはしないが、警戒はされているようだ。自分を検分する男の目には、好奇心とともに警戒の色もにじんでいた。

「で、お前名前は?」

男の問いに、貴舟はぷいと横を向く。素直に答える義理はない。それに、

「聞くより先に、まず名乗れ」

横目で睨みつつ言う貴舟に、男はちょっと瞠目したようだった。
そして、呆れ半分感心半分といった感じで言った。

「豪胆だなあ。お前自分の立場分かってんのか?」

分かってるさ。分かっているからこそ、そう簡単に自分の身元を明かしてはいけないということも。
相手の出方が分からない限り、自分の手札を見せないほうが無難だ。
だんまりを決め込んでいると、男は小さく溜息をついて「ま、いいけどよ。どうせ後で分かることだし」と言って、貴舟の両足を縛っている縄をほどきはじめた。

「今、広間でお前の処遇を決める詮議を始めるために幹部達が集まってんだ。当事者のお前さんにも広間に来てもらう」

ついてこい。男は言って、貴舟の腕をつかんで立ち上がらせた。大人しく貴舟もそれに従う。
土蔵を出ようとしたところで、ふいに前をいく男が立ち止まった。つられて貴舟も立ち止まる。
男の顔がこちらを振り返った。

「永倉新八だ」

何の気なしにぽんとそう言われる。あんまり気軽に告げられたものだから、最初は何を言われたのかよく分からなかった。一拍おいてから、貴舟はそれが男の名前であることに気がついた。
律儀な。
そう思いつつ、貴舟は名乗り返した。

「貴舟」

返されるとは思っていなかったのだろう。永倉は驚いた顔をして、少し嬉しそうに相好を崩した。

「貴舟か。いい名前だな」

そのあたたかい笑みに貴舟はなんだか居心地が悪くなって、そっぽを向いた。そっけなく言い放つ。

「別に、名乗られたら名乗り返すのが礼儀だと思っただけだ」

永倉は「そうか」とだけ言った。しかし、やはり口元がほんの少しゆるんでいる。
素直ではないのは自分でも分かっているが、そんな生暖かい目で見ないで欲しい。
なんだか調子がくるう。
貴舟はむっと眉根を寄せながら、永倉の後に続いた。
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