序 15



次の瞬間、良玄の言葉をかき消すように鞘走りの音とともに光が一閃瞬いた。

「困るなぁ、詮議の邪魔をしてもらっちゃ」

あっけにとられる広間の中、最も早く動き出したのは入口近くに座していた沖田だった。
良玄の喉もとにあてられた鋭い切っ先に沖田の笑みがうつる。ゆるやかに円弧を描く口元に反し、目は鋭い光をたたえて物騒だ。沖田の放つ殺気に、場の空気は一瞬にして冷たく固いものに塗り変えられた。
一触即発。張り詰めた空気に、その場の全員が動きを止め息をこらす。生唾を飲み込むことさえはばかられる。
しかし、そんな雰囲気をまったく意に介さぬ人物がここに一人。

「どけ、小僧」

良玄は沖田の物騒な笑みを冷ややかな声で一蹴した。
何考えてんだ馬鹿野郎!
さすがの貴舟もこれには肝が冷えた。今すぐにでも飛び出していきたい思いだったが、周りを囲まれ両手を戒められた状態ではそれさえもままならない。ただ歯噛みするしかなかった。
そんな貴舟の心中を知ってか知らずか、突きつけられた切っ先を気にするそぶりも無く、良玄はさらに沖田へ顔を近づけて言う。

「仮にも洛中の警護の一端を任されている新選組が、そうやすやすと町人を斬っていいのか?」

「見境無く噛み付くその姿は、まさに壬生狼だな」くっと喉を鳴らして良玄は挑発する。それはまさに蜂の巣をつつくような行為だった。案の定、次の瞬間殺気が一気に膨れ上がった。

「…へぇ、そんな口きいちゃっていいのかな?」

良玄の白い喉元に、沖田の切っ先がさらに強く押し当てられる。圧迫された肌から、ぷつりと血の玉が浮いた。
まずい。本気だ。
いてもたってもいられなくなった貴舟が動き出そうと膝を浮かせかけた瞬間。

「やめないか総司!」

静止の声がかかった。
張りのある胴間声。奥に座している近藤だ。

「でも、近藤さん!」
「駄目だ、総司」

近藤の念押しに沖田はひどく苛立ったように舌打ちしたが、しぶしぶ剣をおさめ引き下がった。鋭い切っ先が鞘におさめられるのを見届け、貴舟は緊張を解いてひそかに息を吐いた。
何度も良玄のおかげで心臓に悪い思いはしてきたが、今日ほど悪い日はなかっただろう。思わず目元がひきつった。

「そちらの御仁も、ひとまず座っていただけますかな?」近藤の言葉に良玄は顎を引き、斎藤に簡単な身体検査をされた後、貴舟の隣へ座った。隣に座った良玄の姿を見て、貴舟は心底不機嫌そうな低い声を出す。

「…なんで来たんだよ」
「ご挨拶だな。せっかく来てやったのに」

じと目で睨んでくる貴舟を目の端で一瞥し、良玄は小さく溜息をつくと小声で素早く続けた。

「餓鬼共から話は聞いた」

ということはあいつらは無事に見世まで着いたらしい。気がかりだった子供達の安否が確認でき、貴舟は少しほっとした。面には出していないつもりだったが、良玄にはそれが伝わったらしい。

「安心するのはまだ早い。…またずいぶん厄介なことに巻き込まれたな、お前」

最後の言葉はやや呆れ加減の声だった。
好きで巻き込まれたんじゃない。
かちんときた貴舟は言い返そうと口をひらきかけるが、その前に先手を打たれた。

「"好きで巻き込まれたんじゃない"、か?でも巻き込まれたのは事実だ。それに自力で隙を見て逃げ出そうと思ってたんだろうが、お前は詰めが甘い。交渉ごとも苦手だ。どうせさっきも上手いこと丸め込まれかけてたんだろうが」

お前は千里眼か!?
見事に全て的を射た言葉を返され、貴舟は喉元まで出掛かっていた言葉を飲み込むことになった。…どうにもこの男には勝てないようだ。

「俺に任せておけ」

交渉ごとでこの男の右に出る者はそういない。
悔しいが、その言葉の通りにしたほうがよさそうだった。
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