序 16



お互いに目を合わせる貴舟と良玄の姿を見て、土方は沖田に詰め寄った。

「おい、てめぇ。こりゃどういうことだ?」
「どういうこと、って?」
「とぼけるな。お前の報告じゃあ、あいつ以外誰にも目撃されてなかったんじゃなかったのか!?」
「確かにあの場には僕たちしかいませんでしたよ?後をつけられた覚えもありませんし」
「じゃあ、何であの野郎がここを訪ねてきた?」
「そんなの僕が知ってるわけないでしょ。大体、そういうことを考えるのが土方さんの仕事なんじゃないですか?」

いつにも増して棘のある言い方で沖田はそう言い、土方から顔を背ける。先程の一悶着ですっかり機嫌を損ねてしまっているようだった。
駄々をこねるガキでもあるまいに。
土方は舌打ちをし、斎藤のほうを見た。しかし、斎藤もまた心当たりがないらしく、首を横にゆるく振る。その後で「ただ」と斎藤は続けた。

「もしかしたら、俺達が駆けつける前に一緒にいた者がいたのやもしれません。…申し訳ありません」
「斎藤が謝ることじゃねぇよ。なっちまったもんはしょうがねぇ」

土方は頭をかきながら溜息をつく。
とは言っても、厄介な。
視線を下座に座る黒い羽織の男へ走らせる。剣を佩いた大勢の男たちに囲まれているというのに、その横顔に焦りや恐怖は一切見えない。どころか落ち着き払っているように見えた。
わざとあおって総司をやり込めるところといい、同時にこちらの役職を思い出させて牽制をかけてくるところといい、相当頭が切れるようだ。
青年は腕が立つ一方であまり弁は立たないらしく、山南さんによって丸め込まれかけていたが、こっちはそうもいかないだろう。
やりにくい相手だ。内心苦虫を百匹ほど噛み潰した気分だった。
しかし、あちらに事情があるようにこちらもこちらで事情がある。やすやすと引くわけにはいかなかった。
男は青年を取り返したがっているようだったが、"アレ"を見られちまった以上青年を簡単に返すわけにはいかない。
もちろん、この場に踏み込んできた男も。
意識して男を見た瞬間、ふと男もこちらを見ていることに気がついた。男の冷ややかな目が細められる。薄い唇の端がこころもち持ち上がり、一瞬だったが男の顔に不敵な笑みが浮かんで消えた。
何もかも見通したかのようなその顔に、嫌な予感がした。いい知れない不安が背筋を駆け上がり、土方は眉根をより一層寄せた。
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