序 03



そう啖呵を切った浪人がどうなったかは、今の状況を見て推して知るべし。

「あのときはよくもやってくれたな」

よくよく見ると、浪人たちの中には湿布や包帯を巻いた男がいた。
あの時その場にいた浪人だろう。警邏がやってきて全員捕り立てられたと聞いていたが、どうやら一人逃げ出して、自分たちの頭に泣きついたようだった。
どちらにせよ面倒になるならやっぱり思いっきり痛めつけておけばよかった。そう貴舟は手加減したことを少し後悔する。


「やれ」

それを合図に、一斉に抜刀した浪人たちが貴舟を圧し包むかのように勢いよく向かってくる。その様子は野犬が獲物に群がるかのようだった。
だが、貴舟はそれに怯むことなく、むしろ余裕のある態度で眺めていた。

「仕方ない」

貴舟はうんざりした表情で小さく溜息をつき、一転して真面目な顔つきになると刀に手をかけた。
それとほぼ同時に最初の剣戟が襲ってくる。
貴舟は刀を抜刀して真正面から男が打ち下ろした刀を受けると、往なしながら左前へ誘導。交わらせた刃を半回転させて相手の峰の上を滑らせ、男の右の首筋を斬りつける。
首から勢いよく血がしぶき、男はそのまま横倒しに倒れた。重量のある身体が地面に叩きつけられ、鈍い音をたてる。その音を聞きながら貴舟は左斜め前の男からの剣閃の下をくぐり抜け、胴薙ぎの一撃。振りぬく勢いのまま後ろからきた男の顎に刀尻を叩き込み、流れをたもったまま反転、右斜め前の浪人の刀をよけ、袈裟に斬りつける。
止まる間もなく向かってくる浪人を斬って斬って斬っていき、


「そん、な」

残るは、編笠をかぶった浪人一人だけになった。
二十も数え終わらない間に八人を料理した貴舟の手際に、浪人は刀を抜くのも忘れ、ただ呆然としていた。
ずれた笠の下から、愕然とした表情がのぞいている。
数で押せばいけると思ったのだろうか。大人気ない上に随分甘い考えだ。貴舟は血脂にまみれた刀を下げ、浪人にゆっくりと近づいていく。

「悪いが商家で小銭を稼ぐようなやつは見逃せても、自分の命を取りに来るようなやつを生かしておけるほど私はお人好しじゃないんでな」

貴舟に冷ややかな目で見られた浪人はあたふたとして刀を構える。
だが、もう遅い。貴舟は浪人の手から刀を弾き飛ばした。
緩やかな弧をえがいて刀は浪人の背後へととんでいき、鈍い音をたてて地面へと突き刺ささる。
空っぽになった手とその音を聞き、浪人は一気に青い顔になって後ずさり、尻もちをついた。
そのまま浪人は少しでも貴舟と距離をとりたくてもがくようにして後ろへ下がっていく。その喉元に、貴舟は何の躊躇もなく刀の切っ先をつきつけた。

「ひっ!!」

恐怖で顔を引きつらせた浪人が息をのむ。

「刀で人を斬る覚悟があるなら、斬られる覚悟も持つことだな」

宵闇に一閃、白い軌跡が浮かんで消えた。
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