序 04



気分転換に廊下を歩いていると冷たい風が頬をなぜた。
その冷たさに土方は思わず肩をすくめた。
京の骨身にしみるような寒さは江戸育ちには厳しい。
十二月に入ってからというもの、ますます寒さがましてきた。その分熱い茶はうまくなったが、急激な気温の変化についていけず、隊内でも体調をくずす隊士が続出し、タチの悪い風邪が流行っているとも聞く。
まったく、ただでさえ人手が少ないってぇのに。
土方は頭痛の種の一つを思い、深く溜息をつく。
吐いた息はゆらりとのぼり、端から白くにごってすうっと消えていった。






そろそろ自室に戻って残りの書類に手をつけねぇと。
土方がそう思って自室に戻りかけたとき、通りかかった広間の中がやたらと賑やかなことに気がついた。
そういや、今日は永倉と原田と藤堂が非番の日だったか。
また三人集まって騒いでいるんだろう。小言の一つや二つ言ってやりたいところだったが、仕事を優先するほうが先だ。
ほうっておいても大丈夫だろうと思って土方が踵を返そうとしたとき、中からもう一人の声が響いた。
土方の眉間が自然とよる。
何でこいつがここにいやがる。
またか。と呆れると同時に土方は瞬時に頭を沸騰させ、柳眉を跳ね上げると広間の戸を勢いよく開け放った。戸の端が柱にぶつかって、すぱんと小気味のいい音をたてる。

「総司!てめぇ、撃剣師範さぼって何やってんだ!!!」
「うぉっ!!?土方さん!!!??」

突然あらわれた土方に、永倉が驚いた声を上げた。
からだを温めようと火鉢にあたっていたようだ。広間の中では、野郎四人が頭を摺り寄せるようにしてぱちぱちと音を立てる火鉢を取り囲んでいた。

「ちょっ、土方さん!寒いって!!戸、閉めてくれよ!!!」

土方が戸を開けたことによって急に冷たい風が広間に吹き込んできて、一番入口に近い場所に座っていた藤堂が悲鳴をあげる。
しかし土方はそんなことは無視して、火鉢の奥に座っている人物をものすごい眼光で睨みつけた。
永倉と藤堂と原田はその凄みのある視線に恐怖を感じ動きを止める。だが、当の本人はまったく気にしていないようだった。

「嫌だな土方さん。何って、見て分からないんですか?火鉢にあたっているんですよ」

道場は寒いですから。
土方の怒気に当てられながら、沖田は飄々とそう言う。
顔に浮かんでいるのはいつもの無邪気とも言えるような笑みだ。
それにまたいらいらさせられながら土方は「そういうことを聞いてるんじゃねぇよ!」と怒鳴った。

「今日の撃剣師範はお前の担当だろうが!!道場に残してきた隊士どもはどうした!!?」
「ああ。今頃へばってるんじゃないですかね?二、三合打ち合っただけでもう駄目でしたから」

あんまりつまらないんで道場から出てきちゃいました。
にっこり笑ってそう言う沖田に、土方は眩暈を感じた。
…こいつは!
額に浮いた青筋が二、三本追加される。

「またお前は手加減もなしにやったのか!!」
「えー、手加減しましたよ?ただ相手が弱すぎるだけで。特に今度入った新入り隊士。あれ、実戦じゃ全然使えませんよ?」

多分すぐに死ぬだろうなぁ。
沖田は明日の天気は曇りだと言うのと同じような調子で、物騒なことを言う。

「いくら道場での腕がよくても、実戦で使えないんじゃね。もっと腕のあるのを入れてくださいよ、土方さん」

そうしたいのは山々だ。
そう叫びたいのを土方はぐっとこらえた。
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