序 35



風呂で身体を清めた後、自室に戻った沖田は敷いた布団に身を投げ出した。
長身の重みを受け止めた布団がばふりと鈍い音を鳴らす。
片頬に布の冷たさを感じながら、肺のなかの息を吐き出す。
身体が重い。
なのに、一向に眠りに沈む気配がない。
理由はわかっていた。
さっきからずっと頭を占める苛立ちが、眠ることを妨げているからだ。
目を閉じても焼きついたように浮かんでくる。
睨み付ける視線。
頑なな声。
そして、白い肌にうすく引かれた赤い色。
それがまた別の人物と被る。
ぼんやりと重なる影に、沖田は胸の内が焼け付くような苛立ちを覚えた。思わず敷布団を掴む手に力が入り、皺がよる。
あの時と同じだ、と思う。
あの良玄とか言う男と、同じだ。

「見境無く噛み付くその姿は、まさに壬生狼だな」

「京の治安を守る組織が治安を逆に乱しているなんて、本末転倒もいいところだな」

あの子があの男と同じ状況で似たような言葉を発したことが、どうしようもなく許せないと感じた。
最初はいいおもちゃを見つけたと思っていたのに。
あの気に入らない男を心配する姿も。
あの男を守ろうとするところも。
あの男と似た言葉を発したことも。
全部全部全部。
本当に気に入らなくていらいらする。

「クソっ」

せり上がってくる胸の不快感を押し殺しきれず、唇を噛み締めた沖田はこぶしを床に打ちつけた。




ごん、と鈍い音がする。
―不覚。
背をもたれかけさせた柱に勢いよく頭をぶつけた。
平素を装っていたつもりだったが、思いのほか自分は動揺していたようだ。部屋を出て気を抜いた瞬間このざまだ。
斎藤は火が出るのではないかと思うほど熱い自分の顔を、片手で覆う。
やはり、熱い。
じんわりと熱を訴える目蓋の裏には、まだあの光景が残っている気がした。
…女性の寝所に断りも無く入るとは、総司は一体何を考えていたのか。
大半の者が寝静まる刻、貴舟もまた例外ではなく寝巻き姿で寝入っていることは簡単に予想がついたはずだ。
本来なら声をかけて起こしたうえで、上に羽織るものを羽織らせてから出てこさせるべきだった。
しかし総司は何の声かけもなく部屋の入口を開けたどころか、拘束した少女をいきなり部屋に放り込んだ。
慌てて止めようとしたが、後の祭りだ。
幸い貴舟が気づいて少女を受け止めたからよかったものの…いや、俺にとってはその、むしろ寝ていたときよりも悪い状況になったわけだが。
もめて睨みあう貴舟と沖田の殺気に肝を冷やすよりも、斎藤の目は片膝をたてて少女を抱きとめた貴舟の足に釘付けになった。
急なことで貴舟もそこまで気をくばることができなかったのだろう。薄い襦袢の裾からは、男では有り得ない柔らかな曲線を描く白いふとももがのぞいていた。
昼間の男装姿との落差から一層強調された艶かしさに、知らず喉が鳴った。
自分では自覚がなかったが、しばらく食い入るように見てしまっていたらしい。
次に気がつけば貴舟と総司が一触即発の状況になっており、慌てて仲裁に入った次第だった。
そうなるまで目先の欲におぼれていた自分が情けなく、恥かしい。正直、今でも穴があったら入りたいと思うほどだ。
脳裏に焼きついた柔らかく白い残像を振り払うように、斎藤は嘆息する。
吐き出した吐息は冷えた夜気に端から白く凍え、また透明になって消えていった。


様々な思いと共に夜は更ける。
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