序 45



貴舟が蔵に入れられたのを見届けたあと、自室に戻るなり土方は畳の上にどっかと座り込んだ。
ずんと頭が重い気がする。予想していたことだったとはいえ、やはり頭の痛いことには間違いない。
土方が嘆息して顔を上げると、低頭した斎藤のつむじが目に飛び込んできた。
慌てて駆け込んできた平助がことを知らせに来るまでの経緯を土方は知らない。とはいえ当事者である総司は、むっつりとして口を開こうとしない。途中で騒ぎに気がつき野次馬と化していた幹部連中たちも、なぜそこに至ったのかまでは知らないようだった。そこで、ずっとそばにいて事情を知っているであろう斎藤も一緒についてこさせたのだ。

「―――申し訳ありませんでした。副長」

斎藤はきっちりと両手を床についたまま言う。

「俺がついていながら、このような事態になってしまい……」

「いかような罰も受ける所存です」斎藤の言葉の端々からは、二人を諌めることができなかった自分を責め、悔いるような感情が滲んでいた。
苦いものを噛み締めるような声音からしても、それは間違いないだろう。
どこまでも真っ直ぐなこの青年の性格を知っている土方は、内心苦笑した。あの様子の二人の間に止めに入ることは、斎藤以外の誰がやろうとしても無理だったに違いない。だから事に気づいた永倉も平助をこちらにやったのだ。けれどたとえ土方が許すと言ってもきっと斎藤は自分を責めるだろう。
猛省している斎藤に罰は必要ない気がしたが、それでは本人の気が済まないだろうし、実際下した命令を果たせなかったのも確かだ。
すぐに報告しに来なかったことも含めどう処すかはおいおい考えるとして、土方はまず事が起こった経緯から話させることにした。
淡々と斎藤から報告された事の経緯をかいつまんで説明すると、こういうことらしかった。
予想していた通り総司は貴舟にちょっかいをかけた。総司に申し込まれた試合を貴舟は最初断ったがその後の総司の発言の何かが貴舟の逆鱗に触り、あの死合に転じた、と。
単直で絡め手などには弱いが、愚鈍ではない娘だ。初めて会ったときのことや伝え聞くここ数日の言動や振る舞いからして、それは明らかだった。平助とは…まぁ、かわいらしいやりとりがあったらしいが、己の身と主人を守るには大人しくしているのが得策だと、少なくとも理解しているようだった。
それが、なぜ。
仕掛けられた死合に勝とうと負けようと貴舟には一切利がない。勝ったとしても幹部に刃先を向けたのだ。何事もなく済まされるはずはない。ただでさえ不安定な自分の状態を悪くするだけだ。そう分かっていてなお総司に向かったのだとしたら、それは相当腹に据えかねることがあったということだろう。
まぁ、それがなんなのかについては土方にとっては興味のないことだし、結果として新選組側はあの男への交渉材料を一つ手に入れたわけだが。
しかし。
もう一つあった可能性に土方は考えを及ばせ、思う。
総司を上回るとは。
当初土方が一番危惧していたのは、総司が貴舟を殺してしまわないかということだった。総司はひどく貴舟に執着していた。貴舟に会った時、総司は苦戦を強いられたという話だった。斎藤が割って入ったため結局その決着はつかなかったそうだが、近藤さんのために強くならなければならないと思っている総司からして、他者に剣技で遅れをとったことが我慢ならなかったのだろう。口には決して出さないが、相当悔しかったに違いない。そこに付け加え、あの椿屋の男との件が起こった。男へのあてつけと貴舟への対抗心から総司がいずれ何か仕掛けるのは、分かっていた。だから斎藤を監視役兼総司への牽制役として貴舟につけたのだ。万が一、何かあれば総司を止めるようにと。そして今朝のことが起こり、結果負けたのは―――総司だった。
すんでのところで止めていなければ、間違いなく喉仏を砕かれていただろう。
総司が苦戦した相手だと斎藤から聞いてはいたが、自分の目で見てみるまではっきりとは信じられなかった。だが、その光景を見て土方は理解した。貴舟は総司と互角かそれ以上の腕を持っていると。
そして、その姿は土方に妙な既視感を覚えさせた。

「なぁ、斎藤」

報告を聞き終わり黙考していた土方は、俯かせていた顔を上げ斎藤に問いかける。

「貴舟と総司を見ていて、お前どう思った」
「どう…とは」

突然の問いに斎藤ははじめ戸惑った様子を見せたが、しばらく思い返すようなそぶりを見せたあと、口を開いた。

「………似ている、と思いました」
「似ている?」
「はい。貴舟から聞いた話なのですが、貴舟にも総司と同じように師がおり、その方を尊敬しているようでした」

「あの二人の剣は、よく似ている」最後は半ば独白するように呟かれた斎藤の言葉を聞いた瞬間、土方は喉につかえていたものがすとんと落ちた気がした。
そうだ。貴舟は、総司と似ているのだ。見た目がではない。その在り方がだ。総司の剣は近藤さんの役に立ちたいという一心で磨かれたものだった。ただ師のために敵を斬り捨てる総司の姿。それに貴舟の姿が重なったのだ。
思い返せば貴舟も貴舟で随分総司を嫌っているようだったが、………ありゃ、同族嫌悪も入っていたわけか。
得心するとともに土方をどっと倦怠感が襲ってくる。なんて相性の悪い二人だ。
総司は3日間の謹慎処分に処したし、貴舟はしばらく蔵に放り込んでおくつもりだからさすがの総司もおいそれとは手出しできないはずだ。
今井から得た情報の真偽は監察方に探らせてはいるが、山崎からの報告はまだこない。そろそろ何らかの報告が来るはずだろうが、情報の真偽がわかるまで貴舟に何かあってはまずいのだ。真であった場合は、なおさらに。
それまでは二度と事を起こさせないように何か考えなければと思いながら、ふと総司の言っていたことを思い出した。
問い詰めてもなにも言わなかった総司が、拘束された貴舟の姿を見ながら呟いたことを。

「………あの子、一瞬迷った」

どういう意味だ。ありゃ。
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