序 48


まずい。
がらがらと音を立てながら目の前を横切ろうとする荷車。その影に見張っていた人物が隠れそうになったことに、山崎は内心いささか動揺した。
見失う。
けれど尾行けていることを相手に悟らせるわけにはいかず、表面的には平静を保ちつつ先ほどと同じ歩調で道を歩く。
大丈夫だ。こういう不足の事態はこれまでも何度もあっただろう。それに相手にこちらを気取られた様子はなかった。
そう言い聞かせながら荷車が通り過ぎるのを待つ。しかし、どうにも奇妙な不安が頭の隅にへばりついたかのようにぬぐい去れなかった。
そしてその予感を裏付けるかのように、荷車の尻が道の中央を去ったあと、山崎の視界に映る景色には劇的な変化があった。
まず違和感。
次いで喪失感。
いない。
見張っていた人物の姿が、跡形もなかったのだ。
仮面の下で焦燥感が胸を早める。かぶっている笠の角度をなおすふりをしながら急いで視線を周囲へ走らせ、視界の端に路地裏へ消えようとしている姿をかろうじて掴む。
正確には、標的を脇へ抱え込み、路地裏の影へ引き込む男の姿があった。先程まではいなかった人物だ。その後ろ姿は熊かと見紛うほど大柄で、存在感がある。普通ならすぐに気づきそうなものだが、山崎は男の姿はおろか気配すら気取ることができなかった。
男の顔が一瞬こちらを振り返り、目があう。気のせいではない。角に消えゆく片眼は、しっかりとこちらを見据えていた。牽制をかけるかのような威圧感のあるそれに、一見すると人さらいのような男が、見張っていた人物の仲間であることが感じられた。
気づかれていた。その事実に内心臍を噛みつつ、同時に潮時だと思う。
深追いは禁物。自分の存在を気取られていたならば尚更だ。
それに一定の収穫はあった。男のことも含めて、一度報告しに屯所に帰らなければならないだろう。
猫背の古傘買いを装った山崎は、肩からずれかけていた天秤棒を担ぎ直し、ひょこひょこと屯所へ歩みだした。
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