序 49


「……それは確かか、山崎」
「はい。間違いありません」

首肯を返され、土方は眉間に寄った皺をより一層深めた。
喜ぶべきか、面倒なことになったと思うべきか。いや、とにかく面白くないことは確かだ。伝えられたことを頭の中で反芻しながら、土方はこめかみを揉んだ。
先刻、街に出していた監察方の山崎が屯所に帰ってきた。
あの今井という男からもたらされた情報が本物かどうか確かめるために、街で情報を集めるよう命じていたのだ。
結論から言えば、男からもたらされた情報は確かなものだった。
山崎は今井から与えられた情報を元に、過激攘夷派の集団が密かに活動していることを突き止めてきた。
浪士たちはあの男が伝えた通り、幕府の要人を襲撃する手はずを整えつつあるようだった。決行日は三日後。これもあの男から伝えられた通りである。
手柄を上げる機会が回ってきたというのに一向に嬉しく思えないのは、きっとあの気に食わない男の口を物理的に封じることができなくなったからだろう。
結局あの男のいいようにされているような気がして、土方は腹の辺りがむかむかして仕方がなかった。あまりにもトントン拍子に行き過ぎて、罠ではないかと勘ぐるほどだ。
奇襲をかけようとして逆に過激攘夷派にこちらが襲われるなんてことになるんじゃねえだろうな、と土方は一瞬想像する。が、すぐにその考えは霧散した。
仮にこちらを罠にかけるのに失敗すれば、危うくなるのは今井の方だ。利に聡そうなあの男が、そんな危険の高いことをするようには思えなかった。
それにもしあの男が本気で自分たちを潰しにかかるのなら、より着実かつ陰湿な手を使ってくるに違いない。自分たちがひた隠しにしてきた"アレ"のことを知っていたあたりからして、ただの置屋の主人でないことは確かなのだ。
ひょっとすると幕府の上部とも繋がっているのかもしれない。そう考えれば、無理なことだとは考えられなかった。
現状それがなされていないのは、ひとえに人質である貴舟がいるからだろう。今更ながらひどく心もとない綱の上をわたっていることを実感させられ、土方はひやりとする。
"アレ"に遭遇してしまった貴舟もだが、結果あの男に出会ってしまった俺たちもツイていなかったということか。まぁ、なんにせよ、三日後にすべての決着がつく。
そのためにすべきことを頭の中で巡らせながら、土方はふと顔を上げた先で、山崎が浮かない表情をしているのを見つけた。

「なんだ山崎。浮かねえ顔して」

問えば、「いえ」と何かを振り払うように頭を振り、山崎は口を開く。

「妙に勘の良い男がいまして」

山崎の報告によれば、尾行を邪魔した男がいたようだった。
おそらく後をつけていた一派の仲間であろうという山崎の見立てに、土方は頷く。

「――で、こっちの素性までバレちまったのか?」
「いえ、それはないかと」

土方の問いかけに山崎は否定を返し、「しかし」と続けた。

「男は只者ではない様子でした。……おそらく、相当な手練かと」

山崎の真剣な眼差しが刺さる。
これまでそれなりに修羅場をくぐってきている山崎が言うならば、そうなのだろう。
貴舟の件といい、今回の件といい、ここ最近の新選組はどうにもついていないらしい。
もし、ついているとすれば、貧乏神か疫病神だろう。
ったく、年が明けりゃ厄落としにでも行くか?
内心ほぞを噛みつつ、しかし面には決して出さぬようにしながら、土方は言葉を吐き出す。

「なるほど、そりゃ用心したほうがよさそうだな」

組んでいた腕を解き、山崎に退室を命じる。

「分かった。報告ご苦労だったな、山崎。下がっていいぞ」
「は」

短い返事とともに退室する山崎を背に、土方はさっそく三日後に向けて、出動させる隊士の選出をはじめた。
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