素直じゃない君が好きです




「どうしたらあたしがあんたにチョコやるってことになんの?」
「えぇっ!!じゃあ瑞希っちチョコ用意してきてないんスか!!?」

当たり前でしょうが。そんな言葉とともに、俺の差し出した手と期待はあっさり跳ね除けられた。
前の晩からしっかり肌のケアして、今朝も時間かけてめかしこんで他の女子のチョコは受け取らないで…って頑張ってすごく期待していただけに落胆は大きかったし、納得できなかった。
大体俺達付き合ってるんスよね!?バレンタインっていったら恋人同士の大事なイベントで、片思いの女の子は好きな男にチョコレートで気持ちを伝えるって一大イベントで、もちろん恋人達にとっても気持ちを確かめ合うイベントで、当然彼氏である俺はチョコを彼女である瑞希っちから受け取る権利があるはずで…
なのにチョコが無い!!?

「なんでッスかー!!」
「ええい!!うっとうしい!!」

抱きついてすがりつく俺の顔を瑞希っちが「顔が近い!!」と言ってぐいぐい手で押しやってガードする。
地味に痛いしなんか愛を一切感じません。これが彼女の態度?そりゃ瑞希っちがあんまりべたべたされるの嫌いだって知ってるけど、にしてもこれはひどくない!?

「瑞希っちは俺のこと好きじゃないんスか!?」
「それとこれとは話が別!!」

ついにはべりっという感じで引き剥がされてしまった。

「とにかく、チョコは無いから!!」

犬におあずけを言い渡す飼い主のように俺に指をつきつけ、瑞希っちは教室を出て行く。
あとにぽつんと残された俺に、「あ、これ黄瀬あてに。全部なんとかしろよ、色男」追い討ちとばかりにクラスメイトが机の上に大量のチョコレートを積む。多分ファンの子からのだ。ピンクや赤のラッピングが可愛らしい。でも、今はその可愛らしい色が胸にしみるばかりだった。
俺が本当に欲しいのは、これじゃない。










その日の部活は散々だった。
パスミスはするわ、シュートは入らないわ…おかげで笠松先輩の蹴りを何度も食らう羽目になった。今日はきっと背中に先輩の足跡がくっきり残ってるはず。
練習が終わって更衣室で着替えると、練習着の背中には案の定くっきりと足型がついていた。
朝から今日は散々ッス。

「黄瀬、お前今日なんか変だぞ。気持ち悪いぐらい元気ないし、なんかあったのか?」

くっきり残った足型を見ながら深々と溜息をついていると、後ろからその足型の持ち主である笠松先輩が来た。

「気持ち悪…まぁ、そッスね…」
「瑞希ちゃんと何かあったのか?」

とは森山先輩。女性関係となると、この人は妙に勘が鋭い。

「そういや今日バレンタインだよな。そのことと関係ある?」

大当たりッス。俺はぶんぶんと首を縦に振った。

「…俺、愛されてないんスかね…」

ぽつりともらした瞬間どんどん色々溢れてきて、俺は気がつけば事の子細を全て先輩達に話していた。
そして話し終えた瞬間、先輩達は全員なんともいえない表情をした。みな一様に俺を見ないように目線をそらしている。
えっと…どいうことだろうか。イマイチ状況が把握できない。でも、なんとなく先輩達が俺に何かを隠していることだけは分かった。

「え…なんスか。その表情…」

状況を飲み込めずうろたえる俺に、笠松先輩は頭が痛いとでもいうように眉間の間をもみながら言った。

「…えーと…黄瀬。非常に言いにくいんだがな…」

俺達瑞希からチョコもらってんだ。

「え」

一瞬、言葉の意味が飲み込めなかった。
いや、飲み込みたくなかった。
でも先輩達のバッグに入った同じラッピングのチョコレートがいやおうなしに視界に入ってきて、俺は嫌でも理解しなければならなかった。
手足がどんどん冷えていく。なのに芯は妙に熱かった。
ねぇ、どういうことッスか。瑞希っち。








校門を出ると、いつものように瑞希っちが待っていた。
普段は俺につんけんしている彼女だけど、待ち合わせとか俺の誕生日とか、記念日とか、絶対に遅れたり忘れたりしたことは無かった。口ではなんだかんだ言っても優しい彼女のことが、好きだった。言葉にはなかなかしてくれないけど、俺のことが好きだって伝わってきたから。
でも、今は彼女の気持ちが良く分からなかった。

「瑞希」

彼女の名前を呼ぶ。
いつもの呼び方じゃないからか、それとも俺にやましいことがあるのか、彼女は驚いたように肩を揺らしてこちらを振り返った。

「涼?遅かったね」

どことなくこちらを伺うような雰囲気。
それがまた俺を不安にさせた。何か俺には言えないことがあるんだろうか。そう思うと暗いものが腹の底から湧き上がってきて、思わず彼女の腕をつかんでいた。
驚いて見開く目。それを俺はかがみこむようにして覗き込んだ。

「俺のこと、嫌いッスか?」

丸い目がさらに大きくなった。

「な、なんで急にそんなこと…」

動揺したような声が、俺の不安をさらに揺さぶった。
やっぱりそうなんじゃないかって。そう思うと、腹立たしくてでもそれ以上に悲しくて。声が荒立った。

「だってそうじゃないッスか!!先輩達には義理チョコあげてるのに俺には何も無しって!!!」

彼女の瞳が揺らぐ。今度のは、明らかに動揺だった。
やっぱりそうなんだ。
すうっと芯が冷えていく。力が萎えて、彼女の腕をつかんでいた手を離した。
自分ばっか浮かれてたのかと思うと、すごく情けなくなった。

「涼」

彼女が俺の名前を呼ぶ。でも、もう聞きたくなかった。

「もういいッス」
「よくない。涼、聞いて」
「いやだ」
「涼!」
「だから聞きたくないって!!」

うなだれる俺の袖をひいた彼女の手を、俺は気持ちのままにはらいのけた。
乾いた音とともに、何かが落ちる音がする。
「あ」と彼女の口から漏れた言葉が気になった。すごく困った声。
足元を見ると、綺麗にラッピングされた箱があった。リボンに差し込まれたメッセージカードには、俺の名前。

「それ…」

呆然としてそれを見る俺の目の前で、彼女はそれを大事そうに拾い上げた。

「本当はちゃんとあげる予定だったの。でも上手く焼けなくて…」

彼女がおもむろにラッピングを解いた箱の中には、ケーキが乗っていた。
白い粉砂糖をふったガトーショコラ。でもその表面は少し焦げていて、形もさっき落としたせいでいびつにゆがんでいた。

「友達には、失敗でもあげたほうがいいってアドバイスされたんだけど…これじゃもうあげられないね」
「あ…」

悲しそうに眉を寄せる瑞希の表情を見て、俺ははじめて自分がとんでもない勘違いをしていたことに気がついた。

「いつも素直になれなくて、きついこと言っちゃってるから…こういう時こそ涼にはどうしてもちゃんとしたものあげたかったの。…でも、ごめん。涼のこと不安にさせちゃって」

涼のこと、好きだよ。
ひどい勘違いをして、挙句の果てにはちゃんと用意していたプレゼントを払いのけた俺にそう言ってくれる彼女に、胸がひりついた。
痛くて、辛くて、でもどうしようもなく嬉しい。

「食べるッス」
「え!?でも焦げてるよ、これ」
「いいッス」
「え、でも体に悪いし!」
「いいから」

止める彼女の手から俺は箱をとりあげ、ケーキを食べた。
ちゃんとあらかじめ切り分けているところが几帳面な彼女らしい。
舌に広がった味は確かに焦げていて正直苦いものだったけど、気持ちは十分以上に甘かった。

「おいしいッスよ」

ありがとう。
無愛想に頷いてそっぽを向く君は相変わらずだけど、髪からのぞく真っ赤になった耳が可愛かった。


素直じゃない君が好きです

(「今日は本当、ごめんッス」)
(「いいよ。あたしも悪かったし」)
(「本当にそう思ってるッスか?」)
(「え?…うん」)
(「じゃあ俺に毎日"好き"って言…」)
(「図に乗るな!!」)
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