電話越しの君




電子音が途切れる。
ほんの少しの躊躇いの後、わたしは唇から言葉を漏らす。

「…もしもし?」

携帯のイヤホン越しに自分の発した声がダブって聞こえる。
それは自分が発したつもりの声より高くて、なんだか違和感を感じた。電話で話すわたしの声ってこんなカンジなんだ。なんか変じゃないかな?
一瞬不安になってそんなことを考えながら待っていると、それにかぶせかけるように声が返ってきた。

「瑞希?」

いつもとは違う少しかすれた声。
イヤホン越しに直接流し込まれた囁くような声音が妙に色っぽくて、どきっとした。
頭の中に残っている彼の声とはまた違うその声に、一瞬かける電話番号を間違えたかと思ってスマホのディスプレイを見るが、表示されている瑞希は間違いなく彼のものだ。
不自然な空白を不思議に思ったんだろう。イヤホン越しに怪訝そうな声が聞こえてきた。

「え、と…瑞希 か?」

たどたどしく単語で話す独特な喋り方は間違いなく彼だ。
わたしは慌てて口を開いた。

「あ、ごめんごめん!瑞希だけど。…なんか声がいつもと違ったから電話番号間違っちゃったかと思って」

そう返すと、電話の向こう側でああと頷くような気配があった。

「我 咳風邪 声かすれてる」
「具合、大丈夫なの?」
「今 平気」

それより どうした?と聞かれてわたしは電話した当初の目的を思い出した。

「あのね、明日中間テストがあるから、もし明日これるようならその範囲伝えておかなくちゃと思って」
「…かたじけなし」
「ううん。前にわたしが熱出したときは佐助君にプリント見せてもらったし、お互い様だよ」

「早く元気になってね」明日出る中間テストの範囲を伝えた後、わたしは佐助君も休まないといけないだろうからと電話を切ろうとした。しかし、

「待って」

佐助君の引き止める声に、わたしは慌てて通話終了のボタンから手を離した。
なにか伝え忘れたことでもあったんだろうか。
イヤホンの向こう側の彼の言葉に耳をすませる。どこかためらうような吐息がしたあと、彼は言った。

「その…瑞希の声 我 聞く。元気 出た」

だから、ありがとう。
はにかむような声音に、一瞬頭に両手をすり合わせながら恥かしそうにする彼の姿が浮かんだ。
実際すごく恥かしかったんだろう。

「じゃ、じゃあ!」

佐助君はそう言うと、慌てたように一方的に電話を切ってしまった。後は耳に付くあの単調な電子音が続く。
わたしは携帯を切り、耳からイヤホンをとった。その途端、教室の外から聞こえてくるグラウンドの喧騒が再び戻ってきた。
日が傾きかけた教室には、わたし以外誰もいない。静まり返った教室。足元に伸びる影。暗い色。
だけどそれがことさら自分の早鐘を打つ心臓の音を際立たせるようで、わたしは思わず口元を押さえてその場にしゃがみ込んだ。
手のひらから伝わってくる自分の体温が熱い。
まるで彼の熱が移ってしまったようだった。


(…明日どんな顔で会えばいいんだろう)
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