とじこめるように抱き締めた



「本日の連絡事項は以上。じゃ、みんな帰っていいぞ」

担任の言葉とともに、教室の全員が帰り支度をはじめたり、友達の席へ移動したりと慌しく動き始める。
そのなかには、幼なじみの姿もあった。

「佐助!」

かばんを肩に下げ、自分の机の近くに走りよってくる。
「佐助」と自分の瑞希を呼ぶ声に、少しどきりとした。
最近気がついたことだけど、瑞希は親しい仲でもほんの数人しか呼び捨てで呼ばない。
他の友人がニックネームで呼ばれるなか、自分だけ「佐助」と呼ばれると自分だけ特別なような気がして嬉しかった。

「なに?瑞希」
「今日は確かテスト前で部活ないんだよね?」
「うん」
「よかったら一緒に帰らない?」

瑞希の誘いに、こくりとひとつ頷く。
ちょうどよかった。

「我も誘う 思っていたところ」

だけどまだ、机の教科書をかばんの中に詰め終わっていない。
それに日直の仕事で職員室まで日誌を届けに行かなければならなかった。
待たせてしまうけどそれでもいいか?と聞くといいと返事が返ってきたので、玄関前で待っているように言って、自分は職員室へ日誌を届けに行った。


「瑞希!」

階段を下り、急いで玄関前で待っている瑞希のもとへ行く。
自分の声に、瑞希の顔が振り返る。

「すまない 待たせた」
「ううん。全然待ってないし。大丈夫だよ」

そう言ってふんわりと笑う瑞希に、顔が赤くなるのを感じ「う、うん」と頷いてちょっとそっぽを向いた。

「じゃ、帰ろうか?」

しかし、瑞希は全然気がついていなかったようだ。

「うん」

それにほっとして、瑞希の横に並んで歩き出そうとする。
その瞬間のことだった。

「ちょっと待った瑞希!」

慌しい足音ともに、そんな声がとんでくる。
呼び止められた瑞希と一緒に後ろを振り返ると、校舎から才蔵が走って出てくるところだった。
それに無意識に顔をしかめてしまう。
瑞希の前まで来ると、才蔵は息を整えながら言う。

「間に合ってよかった」
「何かあったの?」

首を傾げる瑞希に才蔵はうんざりしたような顔をした。

「伊佐波海と鎌之介がまたケンカした拍子に、生徒会でファイルにして保存していた大量の書類を見事にばらばらにしてよ。俺たちで分かるところは手分けして元に戻したんだけど、どうしても分からないものもあってな。お前、前にファイルの整理頼まれてただろ?お前だったら分かるんじゃないかと思ってよ」

才蔵の言葉に、瑞希は頷く。

「うん。私が任されたのは去年の分までだからそこまでしか分からないんだけど…それでいいんだったら私も手伝うね」
「ありがてぇ」
「あとから私も行くから、才蔵は先に生徒会室に戻ってて」

「才蔵」と瑞希が呼ぶ声に、胸の奥がずきりと痛んだ。才蔵もまた、自分と同じく瑞希から呼び捨てで呼んでもらっている一人だった。
自分のほうが先だったのに…気に食わない。

「おう」

じゃ、待ってるな。そう言って才蔵が校舎に戻る際、初めて自分と視線が合った。
「悪いな」勝ち誇ったかのような顔をする才蔵に、むかっとする。
さっきまで弾んでいた気持ちが、空気の抜けた風船のように一気にしぼんでいくようだった。
胸のうちにたまる黒いもやもやとした感情を持て余していると、「ごめんね、佐助」と瑞希が言いずらそうに声をかけてきた。

「私のほうから誘っておいてなんだけど、そういうことだから、今日は一緒に帰れないの。…ごめん」
「否。我 気にしない」

本当はものすごく気にしていたが、逆に引き止めて瑞希を困らせたくなくて、強がってそう言ってしまう。
本当は行って欲しくなんかないのに。
そんな自分の胸中なんか知らないであろう瑞希は、気まずそうな様子でこちらを見て、「また今度、一緒に帰ろうね」と言って踵を返した。
華奢な背中が、校舎に向かって歩き出す。その背中を見ていると、先ほどの才蔵の顔が思い出された。
『悪いな』
生徒会室に行けば、才蔵がいる。
才蔵と仲良く話す瑞希の姿を思い浮かべ、いてもたってもいられない気持ちになった。
自分以外と話さないで欲しい。自分だけを見て欲しい。自分の瑞希だけを呼んで欲しい。
どれも身勝手な願いばかりだ。そう分かっていても、止められない。
気がつけば自分から離れていく背中に手を伸ばして、後ろから抱きしめていた。
腕のなかにすっぽりとおさまる、あたたかくてやわらかい身体にどきどきする。
甘やかな感情で心が満たされていく感覚に、放しがたいと思った。ずっとこのままでいれればいいのに。そう思って、瑞希をとじこめる腕にそっと力を入れた。

「さ、佐助!」

狼狽して声を上げる瑞希の耳元に唇を寄せ、言う。

「嘘。本当 気にしてる」

だから。

「行かないで」

ずっと、自分の傍にいてほしい。

(君が困ってしまうのが分かっていても、そう願ってしまうのは駄目だろうか)

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ゆき様、リクエストありがとうございました!
いつも遊びに来させてもらってますだなんて…すごく嬉しいです///
佐助の学パロとのリクエストで、自分も楽しんで書かせていただきました。
甘さがちょっと足りていないかもしれませんが…orz
佐助は独占欲が強かったらいいなと思います。

題はcapriccioさまからお借りしました。
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