手を繋いで隣を歩けるだけで



白茶けた道の上に、梢の影が色濃く落ちている。風が吹くたびに木々の葉が擦れてさわさわとかすかな音をたて、時折小鳥たちが内緒話をするようにさえずりあった。
のどかな雰囲気である。しかし、そんな和やかな雰囲気に反し、佐助の心中はさっきからまったく落ち着くことがなかった。
原因は明確だ。佐助はそわそわしながらちらりと自分の横を見やった。森の中を吹きぬける微風に、彼女の長い髪がふわりと舞う。横顔にかかる余り髪を彼女は細い指で耳にかけ、自分の肩や腕にまとわりついて顔を寄せてくる雨春たちに笑いかけた。

「ちょっと雨春。くすぐったいよ」

無邪気なその笑顔に、佐助はほんのりと頬を赤く染める。
…可愛い。

「?なに佐助?」

視線に気がついた瑞希がこちらを振り向いた。小首をかしげて自分を見上げる。肩から艶やかな髪が一房滑り落ちた。
綺麗な黒瞳に見つめられ、佐助は慌てて首を振った。

「な、なんでも無し!」
「そう?」

瑞希は疑問が残る顔をしつつ短くそう言って、すぐにまた雨春たちと遊びだした。瑞希の視線が自分からはずれ、佐助はほっと胸をなでおろした。
久しぶりにもらえた非番。今日は天気もいい。散歩に誘うには絶好の日だ。
そう思って、勇気を振り絞って瑞希を誘ったものの…。
緊張してさっきから瑞希の顔を見るどころか、まともに話すことができなかった。このときばかりは奥手な自分が疎ましい。
せめて行動で自分の好意を表現できればいいのだが。
手、つなぐ。…無理。
何度も手を繋ごうとして、結局恥かしさからその手を引っ込めてしまう佐助だった。

「あっ」

自分のふがいなさにうな垂れていると、ふいに瑞希が声を上げた。焦りをはらんだ声に佐助が振り返ると、瑞希が道のくぼみに足を取られてこけそうになっているところだった。
佐助はとっさに傾ぐ瑞希の前へ自分の腕を出し、その身体を支えた。暖かくて柔らかい重みが腕にかかる。

「大丈夫?」
「うん。ありがとう」

片手を差し出し、立ち上がるのに手を貸す。ほっそりとした手を佐助の手に重ねながら、瑞希はそう言って立ち上がった。そして、

「あの…」

ためらいがちに佐助を見上げると「手…」と呟いた。
手?
佐助は首を傾げて瑞希の手を見た。小さな手は、自分の手のなかにすっぽりと収まっている。無意識のうちにしっかりと握ってしまっていたようだ。
今更だが華奢な手の温かくて柔らかい感触を感じ、どぎまぎした佐助は慌ててその手を放した。

「あ…ご、ごめん!」

そう言って、佐助は恥かしさから瑞希に背を向けた。でも次の瞬間に顔の熱は失せていて、かわりに浮かんできたのは後悔だった。
…触られて嫌だったんだろうか。
佐助はちょっとしょんぼりして、うなだれる。だらりと両脇に下げた両手の片方に、するりと触れるあたたかなものがあった。
驚いて振り返ると、自分の手を握る瑞希の姿があった。
うつむいているので、その表情は分からない。

「嫌じゃないよ」

ぽつりと呟かれた言葉は、柔らかかった。
瑞希が顔を上げる。

「ちょっとびっくりしたけど、…嬉しい」

ほんのりと頬を色づかせて、瑞希は照れたように笑った。繋がれた手に、きゅっと力がこもる。

「手、このまま繋いでてもいい?」
「う、うん」

もちろんだ。
嬉しい申し出に、佐助は照れてほんのりと頬を赤くさせながら、瑞希の手を握り返した。
幸福感に胸が満たされる。しかし、やはりちょっと残念だった。結局いつもこうやって瑞希に先導されてばかりいる。
今度こそ自分から。
二人で手を繋いで森の中を歩きながら、再びそう決意を固める佐助だった。

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天使満月様、長らくお待たせしました!
しかし、ラブラブ…というよりもほの甘になってしまい申し訳ありません;
機会があればshortでまたラブラブ挑戦したいと思います。
リクエストありがとうございました!

お題は群青三メートル手前さまからお借りしました。
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