過去拍手【才蔵】



ぱたっ。と小粒の何かがガラスに当たる音がした。
振り返って窓を見て見ると、無数の雨滴がガラス窓に細い線を引きながらすべり落ちていくところだった。
なんて悪いタイミング。
天気予報で夕方に降ってくるとは聞いていたけど、何も帰ろうとした瞬間に振り出さなくてもいいじゃない。あーあ。
どんより曇った空と湿気でくるくるになった髪に、気分は完全にブルーだ。
なんか帰りたくなくなってきたなー。
しばらく教室の自分の席で窓の外を見ながら帰るべきか帰らないか迷っていると、廊下のほうから足音が響いてきて急に扉が開いた。
がらりという音に反応して後ろを振り返ると、教室の後ろの扉の前に背の高い男子が立っていた。
同じクラスの才蔵だ。
どうしたんだろう。なんだか渋い顔をしている。
才蔵の顔が上がり、お互い視線が交わった。

「お前、まだ残ってたのか」

誰もいない教室で一人ぽつんといるわたしに、才蔵は少し怪訝そうに眉を寄せた。
うん。残ってたんだよ。

「そういう才蔵は?」

とっくに帰ったと思ってたのに。
そう聞けば才蔵は少し言いづらそうにそっぽを向いて、「傘、家に忘れてきちまったんだよ…」と言った。
その一言でわたしは納得した。
ああ、なるほど。

「…で、誰かが傘置いてってくれてないかなーとか考えて、校舎内まで戻ってきたと?」
「うっ」

わたしの言葉に、才蔵は完全に言葉を詰まらせた。図星らしい。
雨の日には結構あるのだ。傘を持ってきたものの帰るときにそのまま教室に置きっぱなしにして、才蔵のような傘を忘れた生徒がそれを勝手に拝借していくことが。

「駄目だよねー?勝手に人のもの使っちゃ?」
「…」

にやにやしながら言うわたしに、才蔵はぐぐっとこらえるような顔をする。
あ、これ結構楽しい。

「…悪いかよ」
「うん、悪いね」

だから。とわたしは才蔵を指差す。

「罰としてわたしの傘持ちを命ずる」
「はぁ!?」

なに言ってんだこいつ。という顔をされるが、無視だ。主導権はこちらにある。
わたしは自分の傘をこれみよがしに才蔵に見せ付けながら言う。

「雨にずっと打たれて家に帰るのとわたしと一緒に傘に入って帰るの、どっちがいい?」

才蔵の家は学校からかなり離れている。このまま走って帰ったら明日には風邪を引いてしまうかもしれない。それに対し、わたしの家は才蔵と同じ方向にあり、なおかつ学校に近い距離にあるわたしの家まで送り届けてからそのままわたしの傘を借りるという手がある。
見栄っ張りな才蔵は最後まで悩んでいたけど、結局折れた。

「…持てばいいんだろ!持てば!」
「うん。よろしくー」

悔しそうな才蔵の顔に、わたしはにんまりとする。ああ、楽しい。
わたしは傘を才蔵に押し付け、下駄箱へ向かう才蔵の背を追った。
階段を降りる途中、踊り場の窓から外を見る。
相変わらず窓の外はどんよりと曇っていて、さっきより激しく雨が降っている。
でも、気分は不思議と良かった。

「おい!置いていくぞ!」
「はーい」

言葉とは裏腹に、律儀に待っている才蔵のもとへわたしは急いだ。

たまには雨もいいかもね。

(相合傘、しましょうよ)
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