雨宿り



ぽつりぽつりと雨粒が落ちてきて、地面の色を瞬く間に変えた。
激しく降りしきる雨に、空気がひんやりとしてくる。

「あー…降ってきちゃったかー…」

朝からの怪しい空模様にそのうち降るとは思っていたが、まさか遣いから帰ろうとする途中に降ってくるとは、運がついていない。
慌てて駆け込んだ家の軒先で、私はどうしたものかと途方にくれた。
走って帰ろうにも、ここは壬生の屯所から遠く離れた場所だ。長い間雨に打たれながら帰るのは、風邪を引いてしまいそうで気が引けた。それに、預かった大事な書状を濡らしてしまうわけにはいかない。

…雨が止んだら出て行くか。

そう決め込んで、家の壁に背中を預ける。硬くてひんやりとした感触が伝わってきた。
何もすることがなくて軒先の下からぼんやり眺めた景色は、灰色で塗りこめられたように暗い。
叩き付けるような雨に、通りの人もまばらだ。
時折私のように傘をもたない者が頭に手ぬぐいをのせ、通りを慌てて横切っていくのが見えたが、半刻も経てばほとんど人影は見られなくなった。
雨はまだ止まない。
どころか、ますます激しさを増してきているようだった。

…まいったな。
これじゃ本格的に帰れない。

さっきからまったく変わらない景色にも飽きてきて、私はうなだれてはぁと溜息を吐き出す。
そんなときだった。

「おい」
「!?」

頭の上からぶっきらぼうな声が降ってきたかと思うと、腕を引っ張られ軒先の外へ出ていた。
雨の冷たさは襲ってこない。傘のうちに引っ張り込まれたのだ。
聞き覚えのある声に半ば反射的に顔を上げると、すぐそばに番傘を持った土方さんが立っていた。
もう片方の手は、私の腕をしっかりと掴んでいる。

「土方さん!?どうしてここに?」

思いもよらない人の登場に目を丸くして問うと、土方さんは普段からよっている眉間のしわをさらに深めて「いちゃ悪いか」と不機嫌そうに言った。

「いえ、別に悪いとかそういうんではないんですけど…」

私は記憶をたどり直し、自分が間違っていないことを確認する。
確か彼も今日は屯所を出て料亭で幕臣の方々の接待をしていたはずだが、こちらとは方向がまるで逆だったはずだ。そんな彼が何故ここにいるのか?
そんな私の考えが伝わったのか、土方さんは私の腕を放すと「この近くに寄る用もあったんでな。…ついでだから、お前も拾っていくことにしただけだ」と言った。

「ああ、そうだったんですか」

ありがとうございます。そう言って、素直に信じたふりをして、心の中では嘘だ。と思った。
なら、なんでそんなに袴に泥が跳ね返っているのか。
本当は、雨で私が足止めを食らうのが分かって、急いで迎えに来てくれたのではないだろうか。
そう思ったが、きっと見栄っ張りな土方さんはむきになって否定するだろうから、言わない。

「…素直じゃない人」

不器用な優しさに、思わず口元が笑む。

「何だ。何笑ってやがる」
「いえ、何も。それより早く帰りましょう」

訝しがる土方さんをかわし、私は前へ進む。
傘より外に出かけた私を追って、土方さんも慌てて歩みを進めた。

「てめっ、先に進もうとするな!濡れるじゃねぇか!」
「え?濡れるって、どっちが?」

「書状が?私が?」と少し意地悪く問えば、「きまってんだろうが!」という言葉が返ってくる。









「お前が、だよ」
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