どこへ向かうの、と尋ねてもサイレンから最も遠い場所へ、としか言われなかった。だから、私の気の向くままに走らせてもらうことにした。高速は良い。だって、地上の掟を少しだけ忘れさせてくれるから。City Popに身体を揺らし、窓を開ける。朝風が舞う。
「気持ちいいよね」
「私しか起きてませんが」
三人に語りかけたつもりだったのに、応じてくれたのは助手席に座る男だけだった。
「うっそ、後ろ爆睡?」
ルームミラーを動かすと、大きな子どもの寝顔が映り込んだ。吞気だなあ。
「君は寝ないの」
「私は、あなたの頭を冷やし続けなければいけないので」
ご丁寧にどうも、と厭味ったらしく言えば黒々としたアイスを強く押し付けられ車体が左右に揺れた。ちょっと、ハンドル操作しくじったらアンタのせいだからね、と文句を言おうとしてやめた。
だって、夜明けと共に明らかになったその横顔の、なんと美しいことか。
やめたと言うのは建前で、私は言葉に詰まってしまったのだ。単に美しいというよりも、美しさを追求して作られたような彫刻、と言った方が良いのだろうか。兎に角、神様が物凄く力を込めて作ったような顔だった。
朝日が彼の顔の凹凸を際立たせる。ヘッドライトとテールライトを慌てて消した。車の前後に付いたランプが、朝日を妨げるのではないかと思った。彼の顔を引き立たせる朝日を、できるだけ完璧な状態へ持っていきたかった。
夜には見えなかった現実を、朝日は容赦なく照らす。彼の端正な、疲れ切った顔。紫銀に輝き、朝風に揺れる髪とまつ毛。赤く染まったスーツ。けれど、その赤い事実だけはそっとしまっておこう。美しいものを味わうために排除しなければならないものが、世の中には沢山ある。
夜明けがもう少し遅ければ良かったのかもしれない。そう思わせるほど、朝日に目を細める彼は残酷なまでに美しかった。
こんな美が、あってたまるか。ジュリエッタを加速させた。多分、その美しさから逃れたかった。
「ハンバーガー嫌いだった?」
「いえ、そういう訳では」
「アズールはね、食べるのが好きなのに、嫌いなんだよ」
「ふうん」
妙に哲学じみた解説に分かったふりをして、フィッシュバーガーに噛り付いた。外はサクサク、中はしっとりふっくらというのはどうやら嘘らしい。チーズは咥内に張り付くし、肝心の白身魚はプンと臭い。合格はタルタルソースだけだ。選ぶ商品ミスったな。大人しくチーズバーガーとかにしとけば良かった。
「交換する?」
やけに閑静なファストフード店にそれなりの大声が響いたが、店の端っこで眠りこけているオレンジ髪の男の耳はピクリとも動いていなかった。良かった。
「こっちの方がカロリー低いしさ。何かお腹入れないと死ぬよ」
彼が手を付けていないチーズバーガーを目当てに、お気軽な取引を持ちかけた。眠る男を起こさないように、少し小声で耳元で囁くように。決して対等な取引とは言えないが、そこまで受け入れがたいものでもないだろう。
「いーじゃんアズール。食べときなよ」
「そうですよ。こんな機会、二度とありませんから」
なぜか同調してきた二人と一緒に、食べかけのフィッシュバーガーを押し売りした。私の顔は真剣そのものだったが、目の前の二人はニヤニヤしていた。
「あ、でも食べかけ嫌いか。潔癖だもんね」
双子の食べかけはともかく、こんな得体の知れない女の食べかけなんて彼には無理だろう。それに、魚を食べられない宗教かもしれないし。
でも、そんな宗教あったっけ。宗教知識が欠けている私の頭では、豚肉を食べられない宗教くらいしか思い出せなかった。
「分かりました、いきますよ」
もう行くのか、と慌てて口元を紙ナプキンで拭こうとすると彼が残り少ないフィッシュバーガーを口に運んだ。いきますよ、というのはどうやら「いよいよ食べますよ」という意味だったらしい。
「おー」「やりますねえ」
双子が歓声の100歩手前の言葉を発する中、彼は心底嫌そうな顔をして食べている。どれだけ魚が嫌いなのだろうかと思ったが、食べるのが好きという言葉を信じてこう言ってみる。
「魚だからバーガーの中では比較的ヘルシーだよ」
「これはこれは、良い情報をいただきましたねアズール」
「マジでそういう意味でもダイエットに最適じゃん」